大島寅吉
経歴
北海道出身[2][3]。1896年、東京法学院(現・中央大学)を卒業[2][3]。
帰郷してロシア領漁業に従事[2][3]。その後、函館市会議員、北海道会議員、同参事会員、函館商工会議所議員、函館硫安会社社長、大島合名会社社長などを務めた[2]。
1932年2月、第18回衆議院議員総選挙で北海道第三区から立憲民政党所属で出馬して当選し、その後第21回総選挙まで連続4回の当選を果たした[2][3]。この間、米内内閣・鉄道参与官を務めた[2]。戦後、公職追放となり[4]、追放解除後も政界に復帰しなかった。1958年死去。
脚注
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