大日本帝国海軍航空隊一覧
大日本帝国海軍航空隊一覧(だいにほんていこくかいぐんこうくうたいいちらん)は、大日本帝国海軍航空隊の一覧である。
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地名冠称海軍航空隊
外戦作戦実施部隊
内戦作戦実施部隊
実用機訓練
- 松島海軍航空隊(旧宮崎海軍航空隊)(陸上攻撃機)
- 筑波海軍航空隊(戦闘機)
- 神ノ池海軍航空隊(戦闘機)
- 谷田部海軍航空隊(II)(戦闘機)
- 豊橋海軍航空隊(II)(陸上攻撃機)
- 厚木海軍航空隊(のち第二〇三海軍航空隊)
- 大井海軍航空隊(偵察機)
- 名古屋海軍航空隊(艦上攻撃機)
- 鈴鹿海軍航空隊(偵察機)
- 姫路海軍航空隊(艦上攻撃機)
- 徳島海軍航空隊(戦闘機)
- 小松島海軍航空隊(偵察機)
- 宿毛海軍航空隊(のち第四五三海軍航空隊)
- 博多海軍航空隊(偵察機)
- 大分海軍航空隊(戦闘機)
- 宇佐海軍航空隊(艦上攻撃機)
- 築城海軍航空隊(I)(のち第五五三海軍航空隊)
- 大村海軍航空隊(全機種)
- 宮崎海軍航空隊(のち松島海軍航空隊)(陸上攻撃機)
- 鹿屋海軍航空隊(II)(陸上攻撃機)
- 元山海軍航空隊(II)(戦闘機)
- 新竹海軍航空隊(陸上攻撃機)
- 高雄海軍航空隊(II)(陸上攻撃機)
- 台南海軍航空隊(II)
- 青島海軍航空隊
- 上海海軍航空隊
- 海口海軍航空隊(戦闘機・艦上爆撃機)
- 三亜海軍航空隊(戦闘機)
初歩訓練
- 神町海軍航空隊(旧谷田部海軍航空隊(I))
- 第二郡山海軍航空隊
- 谷田部海軍航空隊(I)(のち神町海軍航空隊)
- 百里原海軍航空隊
- 鹿島海軍航空隊
- 北浦海軍航空隊
- 東京海軍航空隊
- 第三岡崎海軍航空隊
- 第二河和海軍航空隊
- 大津海軍航空隊
- 大和海軍航空隊(旧第二美保海軍航空隊)
- 観音寺海軍航空隊(旧国分海軍航空隊)
- 詫間海軍航空隊
- 高知海軍航空隊
- 西條海軍航空隊[1]
- 姫路海軍航空隊
- 福山海軍航空隊
- 岩国海軍航空隊(I)
- 築城海軍航空隊(II)
- 諫早海軍航空隊
- 天草海軍航空隊
- 国分海軍航空隊(のち観音寺海軍航空隊)
- 第一出水海軍航空隊(のち光州海軍航空隊)
- 峯山海軍航空隊[2]
- 第二美保海軍航空隊(のち大和海軍航空隊)
- 釜山海軍航空隊
- 光州海軍航空隊(旧第一出水海軍航空隊)
- 第二高雄海軍航空隊
- 虎尾海軍航空隊
- 黄流海軍航空隊
整備訓練
- 第一郡山海軍航空隊(機体)
- 香取海軍航空隊(機体)
- 洲ノ埼海軍航空隊(兵器)[3]
- 追浜海軍航空隊(機体)
- 第一相模野海軍航空隊(機体)
- 第二相模野海軍航空隊(機体)
- 田浦海軍航空隊(兵器)
- 藤沢海軍航空隊(無線)
- 第一岡崎海軍航空隊(機体)
- 第二岡崎海軍航空隊(機体)
- 第一河和海軍航空隊(機体)
- 人吉海軍航空隊(機体)
- 第二出水海軍航空隊(機体)
- 串良海軍航空隊(機体)
- 垂水海軍航空隊(兵器)
予科練
基地要員部隊(通称・海軍乙航空隊)
番号名海軍航空隊
100番台(陸上偵察機および夜間戦闘機部隊)
200番台(艦上戦闘機部隊)
300番台(局地戦闘機部隊)
500番台(艦上爆撃機および艦上攻撃機部隊)
700番台(陸上攻撃機・陸上爆撃機部隊)
- 第七〇一海軍航空隊(I)(旧美幌海軍航空隊)
- 第七〇一海軍航空隊(II)(旧豊橋海軍航空隊(I))
- 第七〇二海軍航空隊(旧第四航空隊)
- 第七〇三海軍航空隊(旧千歳海軍航空隊)
- 第七〇五海軍航空隊(旧三沢海軍航空隊(I))
- 第七〇六海軍航空隊
- 第七〇七海軍航空隊(旧木更津海軍航空隊)
- 第七二一海軍航空隊
- 第七二二海軍航空隊
- 第七二三海軍航空隊
- 第七二四海軍航空隊
- 第七二五海軍航空隊
- 第七三二海軍航空隊
- 第七五一海軍航空隊(旧鹿屋海軍航空隊)
- 第七五二海軍航空隊(旧第一航空隊)
- 第七五三海軍航空隊(旧高雄海軍航空隊)
- 第七五五海軍航空隊(旧元山海軍航空隊(I))
- 第七六一海軍航空隊
- 第七六二海軍航空隊
- 第七六三海軍航空隊
- 第七六五海軍航空隊
900番台(海上護衛哨戒部隊)
1000番台(輸送機部隊)
特設航空隊
日中戦争以後の特設部隊。全てが1942年11月1日までに解隊されるか、もしくは3桁番号の海軍航空隊に改称した。
- 第一航空隊(のち第七五二海軍航空隊)
- 第二航空隊(のち第五八二海軍航空隊)
- 第三航空隊(のち第二〇二海軍航空隊)
- 第四航空隊(のち第七〇二海軍航空隊)
- 第五航空隊(のち第四五二海軍航空隊)
- 第六航空隊(のち第二〇四海軍航空隊)
- 第七航空隊(のち第十六航空隊(II))
- 第八航空隊(のち第十八航空隊)
- 第十一航空隊[6]
- 第十二航空隊
- 第十三航空隊
- 第十四航空隊(I)
- 第十四航空隊(II)(のち第八〇二海軍航空隊)
- 第十五航空隊(I)
- 第十五航空隊(II)(のち元山海軍航空隊(I))
- 第十六航空隊(I)(のち神川丸飛行機隊(II))
- 第十六航空隊(II)(旧第七航空隊)
- 第十七航空隊
- 第十八航空隊(旧第八航空隊)
- 第十九航空隊(のち第九五二海軍航空隊)
- 第二十一航空隊(I)(のち衣笠丸飛行機隊)
- 第二十一航空隊(II)(旧第三十二航空隊(I)・のち第九〇二海軍航空隊)
- 第二十二航空隊(のち神川丸飛行機隊(I))
- 第二十三航空隊(のち香久丸・能登呂飛行機隊)
- 第三十一航空隊(のち第九五四海軍航空隊)
- 第三十二航空隊(のち第二十一航空隊(II))
- 第三十三航空隊(のち第九三二海軍航空隊)
- 第三十五航空隊(のち第九五六海軍航空隊)
- 第三十六航空隊(のち第九三四海軍航空隊)
- 第四十航空隊(のち第九三六海軍航空隊)
母艦飛行機隊
航空母艦
1944年2月15日、各航空母艦固有の飛行機隊は廃止され、各航空戦隊には600番台の海軍航空隊を割り当てて各々の航空母艦に分乗させた。
脚注
- 昭和20年3月1日付 海軍内令第186号。西条ではなく西條である。
- 昭和20年3月1日付 海軍内令第186号。峰山ではなく峯山である。
- 昭和18年6月1日付 海軍内令第1086号。洲崎ではなく洲ノ埼である。
- 昭和20年3月1日付 海軍内令第186号。西宮ではなく西ノ宮である。
- 昭和20年5月15日付 海軍内令第435号。印度支那ではなく印支である。
- 内令、達号、辞令公報ほか「海軍省が発行した公文書」では、海軍航空隊番号附与標準制定(1942年11月1日)前の番号名航空隊(特設航空隊)は航空隊名に「海軍」の文字が入らず、漢数字の「十」を使用する。海軍航空隊番号附与標準制定後の2桁番号名航空隊は他の3桁番号名航空隊と同様、航空隊名に「海軍」の文字が入り、漢数字の「十」は使用しない。以下同じ。
参考文献
- 伊澤保穂・秦郁彦 編『日本海軍戦闘機隊 付・エース列伝』(アートブック本の森、2003年復刻上製版) ISBN 4-87693-972-1 酣灯社1971年初版の復刻版。
- 近現代史編纂会 編『航空隊戦史』(新人物往来社、2001年) ISBN 4-404-02945-4
- 川崎まなぶ『マリアナ沖海戦 母艦搭乗員 激闘の記録』(大日本絵画、2007年) ISBN 978-4-499-22950-0
- 渡辺洋二『日本海軍夜間邀撃戦』(大日本絵画、2004年) ISBN 4-499-22867-0
- 伊澤保穂『陸攻と銀河』(朝日ソノラマ文庫新戦史シリーズ、1995年) ISBN 4-257-17299-1
関連項目
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