大河内山荘
沿革
昭和9年(1931年)、傳次郎34歳のとき、当時長期保存が難しかったフィルムに対し永く消えることのない美を追究するため自身で設計しこの庭の造営を始めた。映画出演料の大半を注ぎ込み64歳で亡くなるまで30年の歳月をかけてこつこつと作り上げたものである。 場所は小倉百人一首でも知られる小倉山の南東面、嵐山公園(亀山公園)に挟まれた約2万平方メートルの荒地であったところに位置している。
庭園、建物

大乗閣

大乗閣前庭の回遊路

滴水庵と前庭
- 庭園
- 中門(登録有形文化財)[1]
- 大乗閣(登録有形文化財)[2]
- 寝殿造、書院造、数寄屋造など日本の住宅の伝統的様式を合わせ取り入れた建物で傳次郎の構想に基づき数寄屋師の笛吹嘉一郎が施工した。
- 持仏堂(登録有形文化財)[3]
- 信仰の篤い傳次郎が座禅を行った所で山荘の初期の建物。
- 滴水庵(登録有形文化財)[4]
- 茶室
- 月香亭
- 大河内傳次郎資料館
- 当たり役の丹下左膳姿の写真など大河内傳次郎の姿を伝える施設。
持仏堂
滴水庵
中門
サービスその他
- 入場者には抹茶と茶菓子のサービスがある。茶菓子は「大河内山荘」と刻印されたモナカで、これは土産として販売もされている。
- 傳次郎生誕100周年であった1998年には、大河内山荘の写真集が刊行され、山荘内の売店で販売されている。
所在地
- 京都府京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町
- 北緯35度1分2.20秒 東経135度40分9.66秒
交通アクセス
- 嵐山駅 (京福電気鉄道)徒歩20分
- トロッコ嵐山駅下車すぐ
周辺
- 天龍寺(隣接)
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