嵐山
嵐山(あらしやま)は、京都市西部にある標高382メートル (m)の山。また、大堰川(おおいがわ)を挟んで西側の松尾山・嵐山・烏ヶ岳の嵐山三山と、東側の小倉山・亀山、さらにはその麓を含んだ地域を一般的に嵐山と称し[1]、山麓は多数の寺社が立地する観光名所でもある。 近くには嵯峨嵐山駅があり、この辺り一体が嵯峨野と呼ばれる事も多い。 また、近くのトロッコ嵐山駅からは嵯峨野トロッコが出ており、保津峡などを眺めながら、乗る事ができる。
| 嵐山 | |
|---|---|
![]() 渡月橋と嵐山(中央右側のピークが嵐山) | |
| 標高 | 382 m |
| 所在地 |
京都府京都市西京区 |
| 位置 | 北緯35度00分34.5秒 東経135度39分59秒 |
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概要
嵐山は桜や紅葉の名所である。日本さくら名所100選並びに日本紅葉の名所100選に選定されている。京都の代表的な観光地で嵐山の中心部を流れる桂川にかかる渡月橋は嵐山の象徴になっている。なお渡月橋をはさんで上流が大堰川(おおいがわ)、下流から桂川と呼称が変わる。JR山陰線の北側には嵯峨野と呼ばれる観光地が広がっている。
嵐山には13世紀末に亀山上皇が吉野からサクラ数百株を移植したとされ、その後も夢窓国師によって吉野からヤマザクラ数千本が移植されるなどサクラやマツの植栽が行われた[2]。
嵐山の戸難瀬(となせ)の滝(音無滝)があり、滝の上流には蔵王権現堂がある[2]。この蔵王権現は15世紀の金春禅鳳作の能『嵐山』にも登場する[2]。
嵐山山麓に広がっていた森の多くは天龍寺領で明治時代の社寺上知令により官有地に編入され、のちに嵐山国有林となった[2]。1927年(昭和2年)には史跡名勝「嵐山峡」に指定され、1930年(昭和5年)には風致地区に指定された[2]。
1980年代には渡月橋の北側を中心にタレントショップが急増し、修学旅行生など若い観光客で賑わう一方で、雰囲気が破壊されるとの批判もあった。バブル崩壊後はこうしたタレントショップは減少し、現在はほとんど存在しない。
1990年代以降、小規模な博物館の開館が相次ぎ、2004年(平成16年)には温泉が掘削された(嵐山温泉)。
観光シーズンになると渋滞が激しく道路交通が麻痺してしまうため、乗用車の乗り入れ規制や、郊外に格安または無料の駐車場を整備しそこからバスで運ぶパーク・アンド・ライドの実験が行われた。
大堰川の上流の保津川の流域では林業が盛んであり、かつては伐採した木材を京都の街に運ぶために川が使われた。嵐山はその終着点であり、現在では同じコースを遊覧船で下る「保津川下り」が亀岡市から体験できる。
自然
観光

名所・旧跡
- 主な寺院
- 主な神社
- 主な史跡
観光スポット

- 文化施設
- 時雨殿
- 京都嵐山オルゴール館
- 京都嵐山美空ひばり座 - 2006年(平成18年)11月に一旦閉館した「美空ひばり館」が、2008年(平成20年)4月26日に改名のうえリニューアルオープンしたが、再び閉館し現在は建物も解体されている。
- その他
- 渡月橋:夜は橋上流に造られた小型水力発電機の電力でライトアップされている。写真などでは木造の橋と思われがちだが、実際は本体は鉄筋コンクリート製(欄干のみ木製)で、車の通行も可能である。
- 嵯峨野観光鉄道:トロッコ列車でトロッコ嵯峨駅とトロッコ亀岡駅を結ぶ(冬季運休)。
- 大河内山荘
- 嵐山花灯路
- 小倉山
- 鳥居形(曼陀羅山)(五山送り火)
- 亀山公園
- 周恩来歌碑
- 嵐山温泉
- 嵐山公園(中之島)
- 嵐山モンキーパーク(岩田山):1群約140頭のニホンザルが暮らしている。また、標高155メートルの高さの展望台からは、京都市内を一望できる。
- 桂川
- 保津峡川下り(嵐峽めぐり)
嵐山メインストリート

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嵐山モンキーパーク
嵐山 竹林の小径(嵯峨野)
交通アクセス
脚注
- 文化庁 国指定文化財等データベース「嵐山」
- “嵐山国有林について”. 京都大阪森林管理事務所 (2009年8月25日). 2022年9月26日閲覧。
- 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、82頁。ISBN 9784816922749。
- “可動式止水壁(京都・嵐山) 防災と景観維持を両立”. 毎日新聞 (2021年7月8日). 2021年7月8日閲覧。
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