天野春果
来歴
- 1971年 東京都生まれ。
- 1993年 ワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学ぶ
- 1996年 アトランタ五輪にボランティア参加。同年秋に帰国。
- 1997年 富士通川崎フットボール(現川崎フロンターレ)に採用され、ホームタウン推進室でクラブの地域密着を推進。
- 2001年 日韓W杯運営に出向。
- 2002年 日韓W杯後に川崎フロンターレに復職し、プロモーション部部長に。
- 2017年 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に4年間の出向。
- 2020年 川崎フロンターレに復帰。同年に現役引退した中村憲剛の引退セレモニーの企画した。
- 2023年 川崎フロンターレを退職するにあたって、2023年12月22日に神奈川・川崎男女共同参画センターにて、かわさきFM主催のトークイベント「アマトーーク FINAL」を行い、中西哲生、中村憲剛、谷口博之、森勇介、井川祐輔、新井章太、武岡優斗、大久保嘉人、武田真平元社長、関塚隆元監督、福田紀彦川崎市長らが登壇。観客も約850人が集まった[4]。
- 2024年 「Two Wheel Sports(本社・東京都渋谷区)」を設立[5]し、南葛SCのプロモーション部長に就任[6]。
人物
J2からJ1に昇格後、プロスポーツが根付かないと言われていた川崎市で、地域密着イベントや斬新なアイデアを生み出し、「ホームタウンで大きな貢献をしているクラブ」として川崎フロンターレが選ばれるようになった立役者。また東日本大震災で被災した陸前高田の子供たちを支援する活動を行うなど、ファンやサポーター、地元住民からも愛されている。
主な企画実績
著書
- 天野春果『僕がバナナを売って算数ドリルをつくるワケ : スポーツでこの国を変えるために』小学館、2011年。ISBN 9784098401246。 NCID BB06113565。
- 天野春果『スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街 : スポーツでこの国を変えるために』小学館、2016年。ISBN 9784093885188。 NCID BB2286546X。
脚注
- “アトランタでの経験を糧に。元プロモ部・天野春果のオリパラ変革術”. AZrena. 2019年10月2日閲覧。
- “プロモーション部新設及び天野春果氏 プロモーション部長就任のお知らせ | 南葛SCオフィシャルサイト 葛飾からJリーグへ!”. 2024年2月6日閲覧。
- “【web限定記事】川崎フロンターレ「名物仕掛人」の天野春果氏がクラブの原点振り返るオンライン講演”. タウンニュース (2021年2月26日). 2024年1月6日閲覧。
- 佐藤成 (2023年12月23日). “【川崎F】名物社員天野春果氏「完全燃焼できた」退職トークショー異例850人&豪華ゲスト集結”. 日刊スポーツ. 2024年1月6日閲覧。
- “元川崎フロンターレ名物社員が新会社、スポーツと地域つなぐ架け橋に:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2024年1月21日). 2024年2月6日閲覧。
- “翼くんの南葛SC、地域密着強化 元フロンターレ社員のミッションは:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2024年2月6日). 2024年2月6日閲覧。
- “川崎フロンターレ名物部長が企てた、漫画『テルマエ・ロマエ』とのコラボ。(木崎伸也)”. Number Web - ナンバー. 2019年10月2日閲覧。
- “フロンターレがNASAと交渉する理由。川崎市と作り上げる本当の地域密着。(手嶋真彦)”. Number Web - ナンバー. 2019年10月2日閲覧。
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