妙安寺 (茨城県境町)
妙安寺(みょうあんじ)は、茨城県猿島郡境町にある真宗大谷派の寺院。
| 妙安寺 | |
|---|---|
![]() 妙案寺の本堂 | |
| 所在地 | 茨城県猿島郡境町一ノ谷498 |
| 山号 | 一谷山 |
| 院号 | 大法院 |
| 宗派 | 真宗大谷派 |
| 創建年 | 貞永元年(1232年) |
| 開山 | 成然 |
| 文化財 | 阿弥陀如来立像(境町指定文化財) |
| 法人番号 | 8050005004471 |
歴史
1232年(貞永元年)、成然によって開山された。成然は親鸞の高弟「二十四輩」の一人で、俗名「中村頼国」という九条家出身の人物であった。建保年間(1213年 - 1219年)、頼国は下総国猿島郡(現・茨城県猿島郡境町)の豪族長五郎(苗字は不詳)のところに身を寄せていた。そして常陸国茨城郡稲田(現・茨城県笠間市)に親鸞がいることを知り、九条家を通じて知り合いだったことから度々親鸞の下を訪れた。そして遂に親鸞に弟子入りし、「成然」を名乗ることになった[1]。
長五郎のところに寄留している間、成然は同郡一ノ谷に寺を創建した。これが当寺の起源である。なお、成然(中村頼国)が当地に赴いたのは、この周辺が九条家の荘園だったからという[1]。
その後、親鸞は都に帰還することになり、成然は親鸞の教示もあって、同郡三村(現・茨城県坂東市)の聖徳太子ゆかりの最頂院跡地に寺を創建した。これが三村の妙安寺である。また、起源を同じくする寺として前橋の妙安寺もある。両寺とも山号と院号が同じ「一谷山最頂院」であり、真宗大谷派に属している[2][3]。
かつての境内は、現在地より500メートル南にあり、成然の墓もそこにある[1]。
正面入口
山門
鐘楼
文化財
- 阿弥陀如来立像(境町指定文化財 平成17年1月25日指定)[4]
交通アクセス
- 境古河ICより車10分。
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