宇土市
宇土市(うとし)は、熊本県の中央部にある市。小西行長の城下町としても知られ、中世から交通の要地であり豪族たちがその支配をめぐって争いを続けてきた。近代以降も、熊本県における一つの商工業の拠点であり続けた。1958年(昭和33年)市制施行。
| うとし 宇土市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
![]() 長部田海床路 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 九州地方 | ||||
| 都道府県 | 熊本県 | ||||
| 市町村コード | 43211-3 | ||||
| 法人番号 | 2000020432113 | ||||
| 面積 |
74.30km2 | ||||
| 総人口 |
35,457人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 477人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 熊本市、宇城市 | ||||
| 市の木 | きんもくせい | ||||
| 市の花 | あじさい | ||||
| 市の鳥 | メジロ | ||||
| 宇土市役所 | |||||
| 市長 | 元松茂樹 | ||||
| 所在地 |
〒869-0492 熊本県宇土市浦田町51番地 北緯32度41分17秒 東経130度39分35秒 ![]() 2016年熊本地震で被災する前の宇土市役所(2011年当時) | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村 | |||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地域
人口
![]() | |
| 宇土市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 宇土市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 宇土市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
宇土市(に相当する地域)の人口の推移 | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
地名
合併当時の大字は以下の通りであった。
- 宇土(旧宇土町)
- 江部(旧宇土町)
- 段原(旧宇土町)
- 築篭(旧宇土町)
- 松原(旧宇土町)
- 笠岩(旧網津村)
- 網引(旧網津村)
- 網津(旧網津村)
- 岩古曽(旧花園村)
- 古保里(旧花園村)
- 境目(旧花園村)
- 善道寺(旧花園村)
- 立岡(旧花園村)
- 花園(旧花園村)
- 松山(旧花園村)
- 石橋(旧轟村)
- 栗崎(旧轟村)
- 神合(旧轟村)
- 神馬(旧轟村)
- 椿原(旧轟村)
- 宮庄(旧轟村)
- 走潟(旧走潟村)
- 馬之瀬(旧緑川村)
- 恵塚(旧緑川村)
- 笹原(旧緑川村)
- 新開(旧緑川村)
- 城塚(旧緑川村)
- 野鶴(旧緑川村)
- 赤瀬(旧網田村)
- 網田(旧網田村)
- 下網田(旧網田村)
- 戸口浦(旧網田村)
- 長浜(旧網田村)
- 三拾町(旧守富村→富合村)
- 伊無田(旧不知火村)
1966年に全域で町名設置が行われた。
- 石小路町(宇土)
- 新町1丁目 - 4丁目(宇土)
- 船場町(宇土)
- 本町1丁目 - 6丁目(宇土)
- 旭町(江部)
- 城之浦町(江部)
- 一里木町(段原)
- 入地町(段原)
- 浦田町(段原)
- 北段原町(段原)
- 古城町(段原)
- 栄町(段原)
- 新小路町(段原)
- 定府町(段原)
- 高柳町(段原)
- 南段原町(段原)
- 門内町(段原)
- 築篭町(築篭)
- 松原町(松原)
- 新松原町(松原)
- 住吉町(笠岩)
- 網引町(網引)
- 網津町(網津)
- 岩古曽町(岩古曽)
- 古保里町(古保里)
- 境目町(境目)
- 善道寺町(善道寺)
- 立岡町(立岡)
- 水町(立岡)
- 花園町(花園)
- 松山町(松山)
- 石橋町(石橋)
- 栗崎町(栗崎)
- 神合町(神合)
- 神馬町(神馬)
- 椿原町(椿原)
- 宮庄町(宮庄)
- 走潟町(走潟)
- 馬之瀬町(馬之瀬)
- 恵塚町(恵塚)
- 笹原町(笹原)
- 新開町(新開)
- 城塚町(城塚)
- 野鶴町(野鶴)
- 赤瀬町(赤瀬)
- 上網田町(網田)
- 下網田町(下網田)
- 戸口町(戸口浦)
- 長浜町(長浜)
- 三拾町(三拾町)
- 伊無田町(伊無田)
- 花園台町(2004年、花園町より分立)
歴史

今日の宇土市を含む宇土郡は古代から見られる地名であり、その由来は宇土半島がもとは島で「浮土」と表したのが転じたという説と、細く長い谷の意味を持つとの説がある。日本の渚100選の1つ御輿来海岸は、4世紀に九州遠征の際に立ち寄った景行天皇が景色の美しさに見惚れて、御輿を止めて休んだという伝説が名前の由来である。網田には、景行天皇がその手を洗ったという御手洗(みたらい)があり、現在も澄んだ水が湧き出ている。
中世宇土城は1048年に築城されたと考えられている。中世初期に紀氏の一族が宇土氏を名乗る武士団を形成した。やがて鎌倉時代末期に菊池氏の一族がやはり宇土氏を名乗り、宇土城の城主となった。
1501年に宇土為光が菊池能運の軍を破るが、後に攻め滅ぼされた。一方、為光側にあって八代を追われた名和顕忠が空白となっていた宇土領に侵入して宇土氏に代わって宇土城の城主となった。名物「小袖餅」の名前の由来となった昔話に名和伯耆左衛門尉という領主が登場する。
豊臣秀吉の時代に名和氏に代わって佐々成政が入るが改易され、続いて小西行長が24万石の大名として入り近世宇土城を築城した。しかし、行長は関ヶ原の戦いで西軍に属したため斬首の刑となり、その領地は加藤清正に与えられた。行長はキリシタン大名としても有名で、一家全員が洗礼を受けている。
清正は宇土城を大改修し完成させたが、「一国一城令」に基づき廃城とした。なお、熊本城内に現存する宇土櫓は熊本城築城当時からのものとされているが、近年まで宇土城の移築説も存在していた。加藤家が改易となった後、細川家が肥後国に入り1646年、細川行孝を藩主とする宇土支藩(3万石)が置かれた。行孝も城下町の水質を改善するため、轟上水道をつくった。轟上水道に使われた技術は神田上水・小田原水道に次ぐものとして日本水道史上、特筆された。
行政
歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 大和忠三 | 1958年10月1日 | 1982年4月28日 |
| 2代 | 田代捨己 | 1982年4月29日 | 1990年4月28日 |
| 3代 | 西田誠 | 1990年4月29日 | 1998年4月28日 |
| 4代 | 田口信夫 | 1998年4月29日 | 2010年4月28日 |
| 5代 | 元松茂樹 | 2010年4月29日 | 現職 |
県の機関
熊本県保健環境科学研究所
産業

- 市内総生産 1,047億円(2004年度)
製造業
- 食料品工業のほかに、化学工業・鉄鋼業もある。
- 特産物の伝統工芸品は張り子。ほかに銘菓として「うと餅」「小袖餅」がある。
宇土市に本社を置く主要企業
- カネリョウ海藻
- パナファーム・ラボラトリーズ
- 九州大王製紙パッケージ
教育
高等学校
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
季節の祭り
- 粟嶋神社大祭(3月1日)
- 宇土大太鼓フェスティバル (8月第1土曜日)
- うと地蔵まつり (8月23日・24日)
- 山王神社甘酒まつり(旧暦の11月初めの申の日)
- 西岡神宮秋季例大祭 (10月19日)
著名な出身者

スポーツ以外
大相撲
大相撲以外
脚注
- “市議会議員紹介”. 2019年2月10日閲覧。
- 市役所の業務について 宇土市 2016年4月26日
- “宇土市役所は建て替えアンケート発送当日に被災”. 2019年2月10日閲覧。
関連項目
- 熊本地震 (2016年) ※ この地震によって市役所本庁舎が半壊した。
外部リンク
宇土市に関連する地理データ - オープンストリートマップ
ウィキトラベルには、宇土市に関する旅行ガイドがあります。- 公式ウェブサイト
- くまもと うき宇城 よかとこTV
- 宇土少年相撲クラブ
- 地図 - Google マップ











