安西美穂子
経歴
5年間のOL生活ののちコピーライターに転身。「オグリキャップの歌」の作詞・プロデュースを手がけたことをきっかけに競馬界に参入。競馬雑誌や新聞に数々のコラムを連載。ファンクラブ「おうちへ帰ろうCLUB」を主宰。みずから「前世はチンギス・カンだったんじゃないかって思うくらい、馬の気持ちを自分のことのように感じられる」と喧伝している[1]。
ハルウララの馬主
競走馬・ハルウララの元馬主としても有名であった[2]。が、同馬はそのまま競走馬を引退。引退後はホースセラピー施設を立ち上げるためとして2006年にハルウララを勝浦の牧場に預託したが、2009年に同馬は北海道へ送られて日高の牧場を転々とするなど、長期間消息不明の状態におかれた[3][4]末、2013年12月からは千葉県のマーサファームに預託したが、その半年後から預託料の払込が途絶え、最終的には2014年2月に所有権を手放し[3][5]ている[6]。
ハルウララのほかにはヒシアマゾンの産駒であるヒシアンデスを競走馬引退後に譲り受け所有していたが、ヒシアンデスの所有権も不明である[注釈 1]。
書籍
脚注
注釈
- ただし、現在はハルウララと同じくマーサファームで繋養されており、馬主が「マチャルの会」となっている[7]ため、同様に所有権を手放していると推察される。
出典
- 櫻井他2004、68-69頁。
- “負け組の星ハルウララ 新ひだかで来春にも種付け”. 北海道新聞. (2009年11月20日) 2009年11月29日閲覧。
- “新サポートホース・ハルウララ「春うららの会」”. NPO法人引退馬協会. 2014年7月16日閲覧。
- “武豊も騎乗の「ハルウララ号」は引退10年 余生は千葉御宿で|あの人は今こうしている”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2014年11月3日). 2022年5月21日閲覧。
- “覚えてます?高知競馬のハルウララ 千葉県で健在でした”. 高知新聞 (2014年7月18日). 2014年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月14日閲覧。
- “【復刻】負け組の星 ハルウララ千葉にいた”. 日刊スポーツ. (2022年3月1日) 2022年5月21日閲覧。
- “馬の紹介”. ホーム‐matha-farm. 2014年11月7日閲覧。
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