宝泉寺駅
宝泉寺駅(ほうせんじえき)は、かつて大分県玖珠郡九重町大字菅原に設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)宮原線の駅(廃駅)である。宮原線の廃止に伴い、1984年(昭和59年)12月1日に廃駅となった[1]。
| 宝泉寺駅 | |
|---|---|
![]() ホームと列車(1983年) | |
|
ほうせんじ Hōsenji | |
| 所在地 | 大分県玖珠郡九重町大字菅原 |
| 所属事業者 | 日本国有鉄道 |
| 所属路線 | 宮原線 |
| キロ程 | 7.3 km(恵良起点) |
| 電報略号 | ホン |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 開業年月日 | 1937年(昭和12年)6月27日[1] |
| 廃止年月日 | 1984年(昭和59年)12月1日[1] |
歴史
- 1937年(昭和12年)6月27日:宮原線の恵良駅 - 当駅間開業により、新設[1]。一般駅[1]。
- 1943年(昭和18年)9月1日:宮原線が不要不急線に選定され、営業休止[1]。
- 1948年(昭和23年)4月1日:恵良駅 - 当駅間の営業再開により復活[1]。
- 1954年(昭和29年)3月15日:当駅 - 肥後小国駅間が延伸開業[1]。
- 1971年(昭和46年)2月20日:貨物の取り扱いを廃止[1]。
- 1984年(昭和59年)
- 1986年(昭和61年):駅跡に鉄道記念館がオープン[2][3]。
- 2004年(平成16年):閉館[2][3]。
- 2017年(平成29年)7月22日:観光物産館「宝泉寺駅」が、駅跡地にオープン[2][3]。
駅構造
廃止時点で、島式ホーム1面2線を有する有人駅(旅客駅)であった。地上より高い場所にあり、駅舎よりトンネルを潜り階段を上ったところにホームがあった。現在もトンネル・階段が残っている。豊後森駅から当駅の間で区間列車も設定されていた。
利用状況
廃止前の各年度の1日平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員[注釈 1] |
|---|---|
| 1975年(昭和50年) | [県統計 1]169 |
| 1980年(昭和55年) | [県統計 2]123 |
| 1984年(昭和59年) | [県統計 3][注釈 2]108 |
遺構
廃線後に駅舎は撤去され、跡地には九重町によって1986年(昭和61年)に鉄道記念館が建てられて、鉄道の模型地図などを展示し、観光案内所として利用されていた。その後、戦争資料館、竹工芸展示、昆虫館等に使用されたが、2004年(平成16年)に閉館。閉館後はバス停留所の宝泉寺交通センターとして利用されるのみで、本格的には活用されない状況が続いた[2][3]。
2017年(平成29年)7月22日に、宝泉寺交通センターを改装して観光物産館「宝泉寺駅」がオープンした。木造2階建て、延面積約300m2。1階では地元の農産物や商品等が販売される。また、2階では旧宮原線に関する鉄道資料の展示が行われ、食事スペースも設けられている[2][3]。
脚注
注釈
- 大分県統計年鑑には年間の数字が記載されているため、365または366により除して四捨五入により算定している。
- 昭和59年度の数字は、昭和59年4月1日から昭和59年11月30日までの営業日の日数(244日)で数字を除している。
出典
- 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、743頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- 宝泉寺温泉街、繁栄の拠点に 観光物産館オープン 大分合同新聞、2017年7月22日
- 物産館・宝泉寺駅オープン 九重町の旧宮原線駅跡地に観光拠点 農産物など販売、鉄道資料も展示 大分県 西日本新聞、2017年8月1日
- 大分県統計年鑑
- 大分県 (1976年). “昭和51年版 大分県統計年鑑 10 運輸および通信 112 国有鉄道各駅別運輸状況” (XLS). 2022年1月10日閲覧。
- 大分県 (1980年). “昭和56年版 大分県統計年鑑 10 運輸および通信 112 国有鉄道各駅別運輸状況” (XLS). 2022年1月10日閲覧。
- 大分県 (1985年). “昭和60年版 大分県統計年鑑 10 運輸および通信 112 国有鉄道各駅別運輸状況” (XLS). 2022年1月10日閲覧。
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