小場義易
経歴
慶長6年(1601年)、佐竹家重臣小場義成の子として生まれる。父の跡を継ぎ大館城代を務めた。大館城は、慶長20年(1615年)の一国一城令の例外として破却されることなく残された。関ヶ原の戦いの敗戦による主家の転封により、知行高が5万石から5000石に減じられたため、新田開発による石高増を図り、新田高が8000石に達した。万治元年(1658年)、大館八幡神社を城外に移築する[2]。同年死去。享年58。
脚注
- 『大館市史』第5巻(大館市教育委員会、1990年)p.28
- “八幡神社”. 秋田県神社庁. 2015年10月12日閲覧。
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