小宮山清三
経歴
1914年に山梨県池田村(のち1949年に甲府市に編入)の村長に就任、その後1931年には県会議員となった[1]。この間、御岳昇仙峡や湯村温泉郷の観光開発にも関わった[2]。 小宮山は、地元山梨県のみならず、全国における消防団の育成普及に尽力し、大日本消防協会の設立にも関わった[2][3]。
小宮山は美術品収集家でもあり、高麗青磁など朝鮮陶磁器の収集で知られる。甲府教会の会員で、ともに甲府教会会員である浅川伯教・巧兄弟とも交流があった[2][4]。
柳宗悦は、1924年に浅川巧の紹介で初めて小宮山宅を訪れ、小宮山が所有していた木喰仏に出会い、その後の研究の契機となった[5]。
甲府市にある「呂山園」には、小宮山清三頌徳碑が残されている[6]。
著作
出典・脚注
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus『小宮山清三』 - コトバンク
- “第3回講座「祖父 小宮山清三を語る」が行われました”. 浅川伯教・巧兄弟資料館 (2011年8月2日). 2013年4月29日閲覧。
- 「第十編 治安と消防 第二章 消防 第一節 消防の沿革 四、本町消防の沿革 (三)大正・昭和および戦時体制下の消防」『身延町史』1970年。
- “浅川伯教・巧兄弟の紹介”. 北杜市. 2013年4月29日閲覧。
- 柳宗悦「木喰上人発見の縁起」『民芸四十年』。:“ワークシート 木喰仏をじっくりみよう” (PDF). 山梨県立博物館. 2013年4月29日閲覧。:毛利伊知郎「〈二〉朝鮮民族美術館と木喰仏」『柳宗悦展』三重県立博物館。2013年4月29日閲覧。
- “とびだせ市民レポーター! 2009 3月号”. 甲府市. 2013年4月29日閲覧。
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