小山 (守谷市)
小山(こやま)は、茨城県守谷市の大字。旧北相馬郡小山村及び、守谷字小山下の一部。郵便番号は302-0122。
小山 | |
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![]() | |
![]() 小山 小山の位置 | |
| 北緯35度55分51.15秒 東経140度0分46.36秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 305人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
302-0122 |
| 市外局番 | 0297[2] |
| ナンバープレート | つくば |
地理
守谷市南部に位置する。地域の北部は戸頭駅近辺にマンション等がある。南部は国道294号によって開けた地域となっている。地域の中央を関東鉄道常総線が通る。
東から北にかけてみずき野、東は取手市下高井、西は本町、南は乙子、取手市戸頭と接している。
常総線の踏切側に、分譲住宅が建った。
歴史
当地域は、多くが下総国相馬郡小山村となっていた。古くは守谷郷に属し、古山村と書いたが、土岐内膳正が領主となった1583年(天正10年)に小山村へ改称した[3]。なお、当時は5、6戸の小村であった[3]。また、江戸時代までは当地に羽黒神社が置かれた。羽黒神社は元は小山村の名主の屋敷神であったが、村が出来て間も無かった辰新田村(現在は本町の一部)に鎮守社がなく、神社を辰新田村に移し、小山村と共同の鎮守社となったと伝えられる[4]。「旧高旧領取調帳」によると、幕末には田安領で、49石4斗4升であった[5]。
幕末には下総野鎮撫府、下総知事県の管轄となり、1869年(明治2年)には葛飾県、1871年(明治4年)には印旛県の管轄となり、1873年(明治6年)の大区小区制では第十四大区六小区となったが、これは本来は仮定であり、実地不便の向きもあるということを理由に第五大区七小区へと再編されている[6]。また、同年千葉県となる。1875年(明治8年)には千葉県から茨城県に移管され、第九大区二小区となる。1878年(明治11年)の郡区町村制で大区小区の区分けは廃止され、同時に相馬郡が利根川を境に南相馬郡と北相馬郡に分離し、北相馬郡小山村となる。1889年(明治22年)3月1日には同じ北相馬郡の守谷町、赤法花村と合併し、小山は守谷町の大字となるが、1970年代後半に地域の北端を三井不動産が「パークシティ守谷」(開発中の名称は「三井守谷住宅地」など)として開発し、1981年(昭和56年)には一部が東守谷として分離した。2002年(平成14年)2月2日の守谷市の市制施行により、守谷市の大字となり、同時に守谷字小山下の一部[7]が編入され、21の小字を数える。
現在は、国道294号と茨城県道・千葉県道47号守谷流山線(守谷街道)が交差する乙子交差点の立体化によって寸断されているが、乙子交差点を北西から南東に貫いていた通りが旧銚子街道であり、乙子交差点の南東の三叉路を追分[8]と呼んだ[6]。かつて小山地内の銚子街道は松並木となっていたが、1963年(昭和38年)2月に守谷町(現・守谷市)内の老朽校舎(大井沢、大野、高野、守谷の四小学校)の修繕材料として、県の認可を受けて払い下げられ、現存しない。また、江戸時代にはこの並木によって畑が日陰となり、作物の生育に支障が出ることから、小山村民が並木の払い下げを幕府に申し出たこともあった。
地名の由来
天慶年間に行われた将門東国合戦の際、老臣増田藍物が当地に城を構えて古山と称したことから後に古山村と言うようになった。その後、小山村へと改称された。
沿革
- 1868年(慶応4年)
- 1869年(明治2年)2月23日(旧暦1月13日) 下総知事県に代わり、本格的な行政組織として葛飾県を設置、葛飾県相馬郡小山村となる。
- 1871年(明治4年)12月25日(旧暦11月14日) 廃藩置県後の県の統合により、葛飾県が生実県、古河県、佐倉県、関宿県、曾我野県、結城県と合併し、印旛県を設置。印旛県相馬郡小山村となる。
- 1873年(明治6年)
- 1875年(明治8年)5月7日 境界変更により千葉県から茨城県に移管。第九大区二小区となる。
- 1878年(明治11年)7月22日 郡区町村制施行。同時に相馬郡が、利根川を境に南相馬郡と北相馬郡に分離し、北相馬郡小山村となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 北相馬郡守谷町、赤法花村と合併し、北相馬郡守谷町大字小山となる。
- 1981年(昭和56年) 三井不動産の住宅開発地域を東守谷として分離。
- 2002年(平成14年)2月2日 市制施行により、守谷市小山となる。また、同時に守谷の一部を編入。
地名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前 |
|---|---|---|
| 小山 | 2002年2月2日 | 小山、守谷字小山下(飛地部分) |
交通
西部は関東鉄道常総線南守谷駅、東部は関東鉄道常総線戸頭駅に近接している。また、隣接するみずき野を守谷駅までの路線バスが通過している。
参考文献
- 守谷町史(守谷町史編さん委員会 編)
- 北相馬郡志(北相馬郡志刊行會)
- 角川日本地名大辞典 9 茨城県(角川書店)
- 茨城県の地名 日本歴史地名大系8(平凡社)
- 守谷市小字名一覧(発行:守谷市税務課 2008年1月)
脚注
- “平成29年(2017年)の人口 - 常住人口 町丁別”. 守谷市 (2017年8月3日). 2017年8月24日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- 北相馬郡志(北相馬郡志刊行會)
- 茨城県の地名 日本歴史地名大系8(平凡社)
- 守谷町の歴史 近世編(守谷町教育委員会発行)
- 守谷町史(守谷町史編さん委員会 編)
- “住所表示変更”. 守谷市役所. 2010年2月14日閲覧。
- 「追分」とは道路が分岐している地点を指すが、当地の通称としても用いられていた。

