小幡欣治
人物
東京市浅草区(現・東京都台東区)出身[1]。東京都立京橋化学工業学校(後の東京都立羽田工業高等学校で、現在の東京都立つばさ総合高等学校)卒業。
元々演劇や文学に傾倒しているわけではなかったが、演劇雑誌の懸賞募集に初めて戯曲を書いて入選したのをきっかけに[1]、1950年に「悲劇喜劇戯曲研究会」に入会[1]。工員、セールスマンなどを務める傍ら演劇界での活動を続け[1]、1956年に「畸生児」で第2回新劇戯曲賞(後の岸田國士戯曲賞)を受賞。菊田一夫の後継者存在とも言われたことがあった[1]。1975年芸術選奨新人賞受賞。それ以降商業演劇だけでなく新劇を手掛け、1999年には第7回「山本安英の会」記念基金に贈られた。
南方熊楠を主人公にその家族とエピソードを描いた「熊楠の家」(1994年に菊田一夫演劇賞大賞を受賞)、正岡子規とその妹の正岡律の家族とエピソードを描いた「根岸庵律女」、有吉佐和子の小説を舞台化した「三婆」、「あかさたな」などがある。
作品
著書
脚注
- 週刊テレビ番組(東京ポスト)1986年3月7日号「脚本家の横顔」81頁
- 「秋の叙勲 都内の471人に栄誉 小幡欣治さんら3氏に受章の感想を聞く」『読売新聞』2001年11月3日朝刊
- 「三婆」などの劇作家・小幡欣治さん死去 産経新聞 2011年2月18日閲覧
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