山口森久

山口 森久(やまぐち もりひさ、1951年5月10日 - )は、福岡県出身のサッカー選手、サッカー審判員(主に副審)。長男の山口慶は元プロサッカー選手。

山口 森久(田辺高校)
個人情報
誕生日 (1951-05-10) 1951年5月10日(72歳)
出身地 日本の旗 日本
福岡県
他職業 教師
国内
リーグ 役割
1985-1992 JSL 主審
1993-2001 Jリーグ 副審
国際
リーグ 役割
1992-1996 FIFA登録 副審

経歴

中学・高校時代は学校にサッカー部がなく、京都教育大学のサッカー部で本格的にサッカーを始める[1]。卒業後は京都紫光クラブに入り、日本サッカーリーグ2部(JSL2部)で5年間プレー[2]。紫光クラブでは足の速さを活かして左サイドバックとしてレギュラー起用されたが[1]、試合中に首を痛めて現役引退を余儀なくされる[1]

引退後は審判員の道に進み、1983年に1級を取得[1]。日本サッカーリーグ時代は主審を務めていた[1]。1992年に国際副審(当時は線審。1996年7月に副審に呼称変更)に登録される[1]。国際主審の候補となるには山口は歳をとりすぎていたため国際副審として登録されたが、それまでに公式戦で副審を務めた経験は殆どなかった[1]。1993年には、日本で開催されたU-17世界選手権ワールドカップ・アジア最終予選トヨタカップサンパウロFCACミラン戦で副審を担当[1]。Jリーグにおいては2001年まで副審を務め、1999年と2001年のJリーグアウォーズでその年の優秀副審賞を受賞した[1]

2009年にJFA1級審判インストラクターを資格取得[2]日本サッカー協会からシンガポールサッカー協会への派遣という形で、2012年5月から2013年11月までシンガポールで審判インストラクターを務める[3][4]

職業は高校教師で、サッカー部の監督も兼務していた[1]

京都府立城陽高校サッカー部監督として、第73回全国高等学校サッカー選手権に出場している。

選手経歴

審判実績

JSL1部
主審
19855
1986-873
1987-885
1988-896
1989-903
1990-917
1991-924
合計33

[5]

J1J2リーグ杯
主審副審主審副審主審副審
1992----22
199309--02
1994012--01
1995017----
1996014--07
1997012--05
1998014--03
19990100302
20000130101
20010150003
合計011604226

[6]

出典

  1. 「People150/山口森久(元Jリーグ副審)」『週刊サッカーダイジェスト』、2002年2月6日号 No.851、ベースボール・マガジン社、42-43頁。
  2. (協議)資料№1 (PDF). 公益財団法人日本サッカー協会. pp. 1 (2013年4月11日). 2016年3月27日閲覧。
  3. JFA公認指導者の海外派遣”. 日本サッカー協会. 2016年3月27日閲覧。
  4. 2012 年度 2012 年度 第 1 回理事会 (PDF). 公益財団法人日本サッカー協会. pp. 4 (2012年4月12日). 2016年3月27日閲覧。
  5. 『日本サッカーリーグ全史』 日本サッカーリーグ、1993年、269頁。
  6. 『J.LEAGUE YEARBOOK 2010』 コナミデジタルエンタテインメント、2010年、411頁。
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