山室氏
歴史
祖先は不詳。鎮西八郎為朝の子孫と伝わる[1]が、真偽は不明。また、戦国時代以前の動向も不明。
戦国時代
戦国時代、山室氏は千葉氏に従って勢力を維持した。山室氏の活躍が知られるようになるのは山室常隆の代からである。常隆は天文元年(1532年)、飯櫃城を築きそれまでの山室城から拠点を移し[1][2]、以後、千葉氏配下の飯櫃城主として勢威を振るった。弘治元年(1555年)または天正13年(1585年)に多古城主牛尾胤仲と争いこれを滅ぼした[1]。最盛期には芝山を中心に大台城主の井田胤徳や山中城主の和田伊賀守らを従えて5万石を領した。
一方、永禄3年(1560年)以降、長尾景虎(後の上杉謙信)と北条氏康による戦いが断続的に起こり、山室氏も主家の千葉氏と共に巻き込まれた。山室氏は千葉氏と同じく当初長尾(上杉)方についていたが北条方に離反した。[3]
脚注
- “戦国時代の芝山と『山室譜伝記』”. 芝山町 (2020年9月11日). 2023年5月16日閲覧。
- 『房総の古城址めぐり 上巻』有峰書店新社、1977年6月1日、124頁。
- 関東幕注文の安房国上総衆の項に山室治部少輔と記載
- 『総州山室譜伝記』より要約
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