岩波雄二郎
岩波 雄二郎(いわなみ ゆうじろう、1919年〈大正8年〉6月25日 - 2007年〈平成19年〉1月3日)は、日本の実業家。岩波書店社長・会長・相談役。神奈川県出身。
いわなみ ゆうじろう 岩波 雄二郎 | |
|---|---|
![]() | |
| 生誕 |
1919年6月25日 神奈川県 |
| 死没 | 2007年1月3日(87歳没) |
| 国籍 |
|
| 出身校 | 東京帝国大学文学部 |
| 職業 | 実業家 |
| 著名な実績 | 岩波書店社長・会長 |
| 親 | 父:岩波茂雄(岩波書店創業者) |
| 親戚 | 義妹:高野悦子(岩波ホール総支配人) |
| 家族 | 娘:岩波律子(岩波ホール支配人) |
経歴
岩波書店の創業者である岩波茂雄の次男として生まれる。東京府立第一中学校、旧制成城高校を経て、東京帝国大学文学部を卒業。
1946年(昭和21年)1月16日に岩波書店に入店する[1]。1949年(昭和24年)4月25日、同社が株式会社に改組されたおり社長に就任した[2]。1949年(昭和24年)9月3日、東京青年商工会議所(現・東京青年会議所)の発足に参画し、発足当初のチャーター・メンバー48名のひとりとなる。およそ30年に渡って社長を務め、社長在任中には広辞苑を刊行している。1978年(昭和53年)5月30日には会長に就任[3]、1998年(平成10年)には会長を退任して相談役に就任した。
2007年(平成19年)1月、多臓器不全のため死去した。87歳。
家族
妻の岩波淳子は岩波ホール総支配人である高野悦子の姉であり、淳子も岩波ホールの支配人を務めた。娘の岩波律子は、岩波ホール支配人を、1990年(平成2年)から、2022年(令和4年)7月29日の同ホール閉館まで務めた。
脚注
- 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)253頁。
- 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)267頁。
- 『岩波書店七十年』(1987年3月27日、岩波書店発行)685、687頁。
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
