嵐山 (能)
『嵐山』(あらしやま)は、能楽作品のひとつ。歴史的には金春系の能で、観世流や宝生流が上演するのは江戸時代後期のことである。
| 嵐山 |
|---|
![]() |
| 作者(年代) |
| 金春禅鳳 か |
| 形式 |
| 能柄<上演時の分類> |
| 初番目物、荒神物 |
| 現行上演流派 |
| 観世・宝生・金春・金剛・喜多 |
| 異称 |
| 無し |
| シテ<主人公> |
| 花守の尉、蔵王権現 |
| その他おもな登場人物 |
| 花守の姥、木守の神、勝手の神 |
| 季節 |
| 春 |
| 場所 |
| 山城国 、 嵐山 |
| 本説<典拠となる作品> |
| 不明 |
| 能 |
| このテンプレートの使い方はこちら |
あらすじ
吉野から移し植えた桜を見てくるようにとの宣旨を受け、 勅使 と従臣は、桜の名勝嵐山に赴いた。そこに嵐山の花を守っているという尉と姥の夫婦が現れ、大君の恵みによって、嵐山は花の名所となり、盛んな様が永遠に続くようですと讃える。吉野の千本桜を移した嵐山の桜は、すべてご神木であるといい、そこに木守、勝手の神が訪れると述べる。嵐山という名前であっても、吉野の神の力があれば散ることないという。また、木守、勝手の夫婦の神とは私たちのことですと告げる。そして勅使たちに夜を待つように告げ、雲に乗って去って行く。夜になると、再び木守、勝手の神が嵐山の景色を讃えながら、御代が続くようにと、神遊びの舞を舞う。すると、南より香ばしい風が吹き、瑞雲棚引き、金色に光輝きながら蔵王権現が姿を現す。前世の悪業に苦しむ衆生を救うために俗界に交わっていると告げ、降魔調伏の光明を放ち、国土と衆生を守る誓いを示す。木守、勝手の神は蔵王権現と同体異名であると明かされ、嵐山に登り、花に戯れ、梢をかけて、桜の栄えゆく春の久しく続くさまを言祝いだ。
解説
勅命によって吉野の桜を嵐山に移したというのは史実と違うが、後嵯峨上皇が嵐山の対岸の仙洞御所に吉野の桜を移したことが、『続古今和歌集』に見られる。そこから嵐山の桜は、吉野の桜を移したものと理解されるようになったといわれている[1]
脚注
- 梅原猛、観世清和『能を読む④信光と世阿弥以後』角川学芸出版 2013年p67
参考文献
- 梅原猛、観世清和『能を読む④信光と世阿弥以後』角川学芸出版 2013年
外部リンク
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.

_Honderd_Noh_spelen_(serietitel)_Nogaku_hyakuban_(serietitel_op_object)%252C_RP-P-2003-278.jpg.webp)