嶋田じゅん
嶋田 じゅん(しまだ じゅん、本名: 島田純。1948年9月26日 - )は、日本の女性モデル、タレントである。1970年のミス・ユニバース日本代表を務め、世界大会で第4位に入賞した。
| プロフィール | |
|---|---|
| 別名義 | 島田純 |
| 愛称 | ジューン |
| 生年月日 | 1948年9月26日 |
| 現年齢 | 75歳 |
| 公称サイズ(1970年[1]時点) | |
| 身長 / 体重 | 168 cm / 53 kg |
| BMI | 18.8 |
| スリーサイズ | 88 - 60 - 88 cm |
| 活動 | |
| デビュー | 1968(週刊文春表紙) |
| ジャンル | グラマー(写真) |
| モデル内容 | 一般・水着 |
| 備考 | 1970年、ミス・ユニバース日本代表 |
| 他の活動 | タレント |
| 事務所 | ジャニーズ事務所、後に大橋巨泉事務所 |
| モデル: テンプレート - カテゴリ | |
経歴・人物
1948年9月26日、アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれる[2]。
1968年、『週刊文春』の表紙モデルを務める[3]。
ミス・ユニバース
1970年5月2日、大阪の万国博会場で開催された大会「ザ・ビューティー・ページェント・イン・ジャパン」に東京代表として出場。優勝しミス・ユニバース日本代表となる。[1]
6月19日に開催された「万国博の女王選出大会」にも出場したが[4]、同大会では無冠に終わる。
7月にアメリカのマイアミビーチで開催された第19回ミス・ユニバース世界大会ではセミファイナルからファイナルに進出、第4位を獲得したほか、『ベスト水着賞』にも選ばれている[5]。島田はショートヘアで大会に出場したが、当時のミス・ユニバース出場者としては世界的にも珍しいことであった[5]。
脚注
- 東京の島田さんに栄冠 ミス・ユニバース日本代表『朝日新聞』1970年5月3日14面
- 高橋靖「ミス・ユニバースは混血娘だった」『週刊平凡』第12巻第21号、平凡出版、1970年、doi:10.11501/1851123。
- 「表紙の顔」『週刊文春』第10巻第51号、文芸春秋、1968年、152頁、doi:10.11501/3375263。
- B96W61H94「万国博の女王」決る マレーシアのウォングさん『朝日新聞』1970年6月20日22面
- “Nihonjins Of The Decade”. Missosology -The Science of Beauty. 2023年2月23日閲覧。
- 昭和46年度文化庁芸術祭参加作品。1971年10月29日&31日・帝国劇場で公演。大阪・名古屋公演もあり
- 「青山孝がミス・ユニバースと結婚!」『週刊明星』第20巻第24号、集英社、1977年、31-35頁、doi:10.11501/1825638。
- “フォーリーブス青山孝史さん死去…肝がん闘病、57歳”. zakzak.co.jp. 2023年2月23日閲覧。
関連項目
- 飯野矢住代 - ミスユニバース日本代表から、ジャニーズ事務所で初めての女性タレントになった
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