延対寺荘
延対寺荘(えんたいじそう、旧字体で延對寺荘)は、富山県黒部市宇奈月温泉にある温泉旅館。
| 延対寺荘 | |
|---|---|
| ホテル概要 | |
| 運営 | 海栄館 |
| 部屋数 | 82室 |
| 開業 | 1925年 |
| 最寄駅 | 宇奈月温泉駅 |
| 最寄IC | E8 北陸道 黒部IC |
| 所在地 |
〒938-0282 富山県黒部市宇奈月温泉53 |
| 公式サイト | 公式サイト |
概要
1900年に高岡市にて料理旅館『延對寺旅館』が創業し、1924年5月に宇奈月温泉に別館を建設し[1]、温泉旅館とした。1964年には別館、1968年には本館が増設され、1981年4月25日には新館の披露祝賀式が挙行された[2]。
客室82室、収容人数479人の大型旅館である。2012年には、トリップアドバイザーの日本法人により『100年以上の歴史を持つ日本の老舗宿トップ20』で19位に選ばれている[3]。
峡谷を目前に望む大浴場はガラス張りで、露天風呂は断崖絶壁にある。また、黒部峡谷がスクリーンに映し出された様なロビーも特徴である[4]。
竹久夢二や与謝野晶子、川端康成、志賀直哉[注 1]ら著名人が宿泊したことでも知られる[3]。1969年には、全国植樹祭に出席するために来県した昭和天皇、香淳皇后の宿泊先の一つとなった[5]。
しかし、宿泊客の減少により負債総額が約30億円に膨れるなど経営が悪化したことから、2013年1月11日、富山地方裁判所に民事再生法の適用を申請し、同日付で保全命令と監督命令を受けたと発表。これに伴い、同日付より旅館経営の海栄館(愛知県知多郡南知多町)と業務提携と事業再建支援に関する合意書を締結した[3]。結果、同年1月12日以降も営業が継続されることになった[6]。
脚注
注釈
- 志賀は1940年に親子で訪ねて短編小説「早春の旅」を書いている。「延対寺という妙な名前の旅館だった。これも雪国ゆえであろう。玄関の土間からは神社の階のような高い階を登って家に入り、火の気の無い寒い部屋に通された」と書いているが、「翌朝、頼んでおいた越前蟹、海蠃(ばい)、岩魚を食った。鶇(つぐみ)だけはなかったが、二人は満足した」で終っている。
出典
- 『宇奈月の温泉開発』(1999年8月7日、宇奈月町教育委員会発行)23頁。
- 『北日本新聞』1981年4月26日付朝刊16面『延対寺荘の新館が完成 宇奈月』より。
- 老舗旅館の宇奈月延対寺荘 民事再生法適用を申請(日本経済新聞、2013年1月12日)
- 『富山お湯道楽ふるこ~す』(2003年4月7日、北日本新聞社発行)32頁。
- 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、133頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
- 『北日本新聞』2013年1月12日付朝刊1面『延対寺荘が民事再生 負債30億円 愛知の企業支援で継続』より。
外部リンク
- 延対寺荘【公式】
- 延対寺荘【海栄RYOKANS】
- 延対寺荘 (entaijiso) - Facebook
- 延対寺荘 (@entaiji1234) - X(旧Twitter)
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