張振甫
人物
元々は明王朝の王族准王常清[2]。明代末期の混乱から避難するため、日本に帰化[1]。1621年(元和7年)、まずは長崎で医術を修め、後に京都で医者を開業した[2]。この医院は食中毒の治療に評判があったとされる[2]。初代尾張藩主である徳川義直がこれを保護し、名古屋城下の巾下堀留(現名古屋市西区)に住居を与えた[1]。愛知郡上野村(現名古屋市千種区)の振甫山の地に堂宇を設け、薬師如来と十二神将を祀った[1]。この堂は俗に鉈薬師と称する[1]。後にその周辺に振甫町の地名がつけられた[3]。
脚注
- 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 506.
- ロム・インターナショナル 2016, pp. 208–209.
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 714.
参考文献
関連項目
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