徳田敦子
経歴
四條畷学園中学校・高等学校卒業、四條畷学園短期大学卒業。卒業後はサントリーに入社し、全日本総合バドミントン選手権大会で1978年に女子シングルス優勝、女子ダブルスで1977年と1978年に高田幹子と、米倉よし子と1979年から1984年、1986年、1987年に合計10度優勝。1981年には東宮御所に招待され、当時の皇太子明仁夫妻と歓談している[2]。
1992年8月25日、桜田淳子(女優)、山崎浩子(新体操選手)などが参加した統一教会の合同結婚式に参加した。
1994年5月、統一教会入信と、合同結婚式前後の胸のうちを明かした著書『やっぱりこの人が一番』を統一教会系出版社の光言社から発刊した[3][4][2][5]。結婚後は夫の津谷姓に改姓したことを著書などで公表している[1][2]。
脚注
- 徳田 敦子 Webcat Plus
- 徳田敦子著『やっぱりこの人が一番』(光言社、1994年5月)ISBN 4876560374
- “会社案内”. 光言社. 2022年10月28日閲覧。
- やっぱりこの人が一番 | 徳田 敦子 Amazon.co.jp
- やっぱりこの人が一番 Webcat Plus
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.