志田保
来歴
新津市農業委員を経て[1]、1955年新潟県議会議員に当選[1]。4期務め、副議長を務めた[1]。1970年県議を辞職し、新津市長選挙に立候補し当選する[1]。在任中は新津市総合開発計画が策定された[1]。公共下水道工事に着手、市民会館の完成、各種の福祉政策を実施し、市道舗装五か年計画を三か年計画に短縮させ、新図書館、視聴覚センターの完成や市内を流れる能代川の改修工事を進めた[1]。3期目途中の1980年12月に病気のため、市長を辞職、翌年死去した[1]。
脚注
- 『日本の歴代市長』第2巻 80頁。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、165頁。
参考文献
- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第2巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。
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