文博士

文 博士(ふみ の はかせ)は、飛鳥時代の人物。名は博勢とも記す。姓は忌寸。公務を帯びて2度、南島に使いした。

 
凡例
文博士
時代 飛鳥時代
生誕 不明
死没 不明
別名 博勢
官位 務広弐
主君 持統天皇→文武天皇
氏族 文忌寸

出自

書氏(文首、文連、文忌寸)は漢の高祖(劉邦)の後裔で応神朝に来朝した王仁の子孫である西文氏の宗家[1]。

経歴

持統天皇9年(695年)進広参・下訳語諸田と共に多禰(種子島)に派遣され、南方を探索する(当時の冠位は務広弐(正七位下相当))[2]。

文武天皇2年(698年)博士を含む8人が、南島に国を求めて派遣され、一行は武器を受領して赴いている[3]。翌文武天皇3年(699年)7月に南島の多褹(種子島)・夜久(屋久島)・菴味(奄美大島)・度感(徳之島)の人が朝廷の官人に従って来朝し、各土地の産物を貢いだ。特に、度感はこのとき始めて来朝した[4]。このときの一行に博士は同行していなかったらしく、同年11月になってから刑部真木と共に帰朝し、昇叙されている[5]。

脚注

  1. 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年。
  2. 『日本書紀』持統天皇9年3月23日条
  3. 『続日本紀』文武天皇2年4月13日条
  4. 『続日本紀』文武天皇3年7月19日条
  5. 『続日本紀』文武天皇3年11月4日条

参考文献

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