斉子内親王 (醍醐天皇皇女)

斉子内親王(せいし(ただこ/きよこ)ないしんのう、延喜21年(921年) - 承平6年5月11日(936年6月2日))は、平安時代中期の皇族。済子とも表記する。醍醐天皇皇女。母は女御・源和子。同母兄弟に常明親王、式明親王、有明親王、慶子内親王、韶子内親王がいる。朱雀天皇朝の伊勢斎宮(ただし、伊勢への群行はない)。

斉子内親王
続柄 醍醐天皇第17皇女

全名 斉子/済子(せいし/ただこ/きよこ)
出生 延喜21年(921年)
死去 承平6年5月11日(936年6月2日)
父親 醍醐天皇
母親 源和子
役職 伊勢斎宮

承平6年(936年)3月の異母姉・雅子内親王の退下により、16歳で斎宮に卜定されるが、同年5月11日に薨去。恐らく初斎院入りもなかったと見られる。これにより、姪の徽子女王(後の斎宮女御)が9月に後任として卜定された。

参考文献

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