斎部浜成
斎部 浜成(いんべ の はまなり)は、平安時代初期の官人。姓は忌部宿禰のち斎部宿禰。官位は正六位上・民部少丞。
凡例 斎部浜成 | |
|---|---|
| 時代 | 平安時代初期 |
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 不明 |
| 官位 | 正六位上・民部少丞 |
| 主君 | 桓武天皇 |
| 氏族 | 忌部宿禰→斎部宿禰 |
経歴
平安京右京の人。延暦22年(803年)3月に忌部宿禰姓から斎部宿禰姓に改姓したが、凶事を連想させる「忌」の字を忌避したためか(この時の官位は正六位上・民部少丞)。また同月には第18次遣唐使の派遣に先立って、唐の情報を得るために遣新羅使に任命され、7月に新羅に渡っている。
息子ともされる斎部広成が著した『古語拾遺』の識語に「浜成が作る所の天書は、古事記に非ず。別書なり」と記載されており[1]、浜成を『天書』の撰述者としている。
脚注
- 『古語拾遺』宮内庁書陵部所蔵の明応本
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