新城郷
| 別称: 大魯・哆囉満・倒咯満、研海 | |
![]() 七星潭海浜公園 | |
| 地理 | |
|---|---|
![]() | |
| 位置 |
北緯24°15' 東経121°66' |
| 面積: | 29.4095 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 新城 |
| 日本語読み: | しんじょう、しんせい |
| 拼音: | Xīnchéng |
| 通用拼音: | Sinchéng |
| 注音符号: | ㄒㄧㄣ ㄔㄥˊ |
| 片仮名転写: | シンチェン |
| 台湾語: | Sin-siâⁿ |
| 客家語: | Sîn-sàng |
| タロコ語: | Alang paru |
| アミ語: | Sudadatan |
| 行政 | |
| 行政区分: | 郷 |
| 上位行政区画: |
|
| 下位行政区画: | 8村224鄰 |
| 新城郷長: | 錢自立 |
| 公式サイト: | 新城郷公所 |
| 情報 | |
| 総人口: | 20,277 人(2015年1月) |
| 世帯数: | 7,536 戸(2015年1月) |
| 郵便番号: | 971 |
| 市外局番: | 03 |
| 新城郷の木: | - |
| 新城郷の花: | - |
| 新城郷の鳥: | - |

地理
新城郷は花蓮県北部に位置し、北西は秀林郷と、南は花蓮市とそれぞれ接し、東は太平洋に面している。花蓮県で面積が最小の郷鎮であるが、台湾の国防上重要な佳山空軍基地を秀林郷との境界に有している。地勢は平原に属し平坦であり、その中を三桟渓及びスビキ渓が流れている。
歴史
新城郷は古くはタロコ語で「タロワン」と称され、漢人により「哆囉満」或いは「倒咯満」と表記されていた。清の嘉慶年間、淡水庁の住民である呉全が佃農を率いてこの地に入植を開始した。その際原住民であるタロコ族からの襲撃をしばしば受け、入植者は耕地を放棄して南部に移住したが、1875年、福建陸路提督の羅大春が兵を率いて蘇澳から花蓮に至る道路を建設し、この地に城を築いたことから現在の地名である「新城」と称されるようになった。
日本統治下に入ってから、日本人の原住民に対する対応への不満が高まったことから、1896年には、新城事件が発生した。
日本統治時代になった1914年、台湾総督の佐久間左馬太は軍隊を出動させタロコ族を平定、花蓮港庁新城支庁を設置した。その後佐久間総督の事跡を記念し、1920年の台湾地方改制の際に号の「研海」を採用して「研海支庁」と改名された。その後1937年に「研海庄」と改称され、花蓮港庁花蓮郡の管轄とされた。戦後は「新城」の旧名が復活し、花蓮県新城郷と改編され現在に至っている。
経済
農業と漁業が経済の中心である。 農業では、耕地面積944ヘクタールで、住民の約3割が従事している。パパイヤ、トウモロコシ、イネ、サツマイモの栽培が主で、スイカ、スターフルーツ、バナナ、ブンタンなども植えられている。 漁業は小型動力漁船を使った近海漁業と定置網漁が中心。カツオ、ギンカガミ、カジキ、タチウオ、サメ、マンボウ等が主な対象。鰹節加工業者が2社ある。淡水魚の養殖も行われており、ティラピア、コイ、オニテナガエビなどが主。 第二次産業では石材加工業が盛んで、花崗岩、大理石、蛇紋岩などの建材や大理石、玉の工芸品が製造されている。
行政区
| 村 |
|---|
| 康楽村、大漢村、順安村、新城村、佳林村、嘉里村、北埔村、嘉新村 |
歴代郷長
| 代 | 氏名 | 任期 |
|---|
教育
技術学院
高級中学
- 私立海星高級中学
国民中学
- 花蓮県立新城国民中学
- 花蓮県立秀林国民中学
国民小学
- 花蓮県立新城国民小学
- 花蓮県立北埔国民小学
- 花蓮県立康楽国民小学
- 花蓮県立嘉里国民小学
脚注
- “台湾花蓮県新城郷と協定【浦河】 | 北海道ニュースリンク”. hokkaido-nl.jp. 2023年4月27日閲覧。
- “台湾新城郷の訪問団を歓迎【浦河】 | 北海道ニュースリンク”. hokkaido-nl.jp. 2023年4月27日閲覧。




