宮川町通
概要
松原通以南も一直線に通りが続いているように見えるが、通りはここで西へ鍵の手に折れている。松原通以南の延長は新宮川町通(しんみやがわちょうどおり、新宮川筋)と呼ばれ、南端の五条通まで東を並行している。
「宮川」とは四条大橋あたりの鴨川の別名であり、八坂神社(=宮)の神輿を洗うための水を汲む地であったことに由来する[2]。1666年(寛文6年)に四条通-団栗通にあたる区間(現在の宮川筋1丁目)が開通する。この区間は、鴨川東岸の護岸のために石垣を組んだことから東石垣(とうせき)とも称されていた。残りの区間は1750年(寛延3年)に通じ[3]、新宮川町通も同年に開通している。
1751年(宝暦元年)に一帯は遊廓となった。現在も、沿道には遊廓時代の建物が残っている。1999年(平成11年)には沿道の一部地区が祇園町南歴史的景観保全修景地区に指定され、京風町家の並ぶ歴史的な街並みが保護されている[4]。
脚注
- 京都市内の通りの名称は「通」となっていて「り」を送らない。例外として道路標識では「通り」として送る表記を採用しているが、印刷資料で送るものは極めて珍しい。京都市内の通り#表記の差異参照
- 京都観光Navi:宮川町
- 野間光辰編 『新修京都叢書』第17巻、臨川書店、1967年、269頁。
- 平成11年6月3日京都市告示第144号
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