星孝典

星 孝典(ほし たかのり、1982年5月4日 - )は、宮城県名取市出身[1]の元プロ野球選手捕手、右投右打)・コーチ

星 孝典
東北学院大学 監督
ヤクルト戸田球場にて(2020年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県名取市
生年月日 (1982-05-04) 1982年5月4日(41歳)
身長
体重
175 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2004年 ドラフト6巡目
初出場 2005年10月4日
最終出場 2014年7月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
派遣歴
監督・コーチ歴

経歴

プロ入り前

投手だった兄の影響で小学校1年生の時に、捕手として下増田ブラックホークスで野球を始めた。中学3年生の時には宮城県大会の決勝戦で後に横浜ベイスターズへ入団する後藤伸也が所属していたチームと対戦。相手のスクイズを3回連続で外すなどの好プレーで、優勝に貢献した。

仙台育英高校への進学後は、2年生の夏に第81回全国高等学校野球選手権大会、3年生の夏に第82回全国高等学校野球選手権大会の全国大会へ出場。いずれも2回戦で敗れている[2]

高校卒業後は地元の東北学院大学へ進学。4年生だった2004年には仙台六大学野球の秋季リーグ戦で打率.529を記録するとともに、捕手部門でベストナインに選ばれた[2][3]。後に西武でもチームメイトになる岸孝之は2年後輩で、在学中にもバッテリーを組んでいた[4]

2004年ドラフト会議では、読売ジャイアンツから6巡目で指名を受け、契約金6500万円、年俸720万円(金額は推定)で入団した。背番号は38

巨人時代

巨人時代(2009年8月16日)

2005年イースタン・リーグ公式戦37試合に出場。2本塁打、11打点、打率.293という成績を残した[5]。一軍公式戦への出場は2試合だけだったが、10月4日の対広島東洋カープ戦(東京ドーム)で「8番・捕手」としてスタメンでデビューを果たすと、翌5日の同カードで一軍初安打を放った。

2006年は一軍公式戦7試合に出場。5打数1安打(二塁打)という成績を残し、シーズン終了後に背番号を58へ変更した。

2007年2008年はいずれも二軍生活に終始。二軍ではチームの捕手で最も多く、イースタン・リーグの公式戦へ出場した[6][7]

2009年には一軍公式戦9試合に出場したが、無安打でシーズンを終了。2010年は一軍公式戦への出場機会がなかった。

西武時代

西武時代(2011年8月30日、こまちスタジアムにて)

2011年5月9日、埼玉西武ライオンズに金銭トレードで移籍することが発表された[8][9]。翌10日付で公示され[10]、同日に行われた入団会見で背番号61が発表された[11]。西武には同姓の星秀和がいた事から、スコアボード表記は星孝となった。5月17日に出場選手登録され[12]、21日の対中日ドラゴンズ戦で移籍後初出場および2季ぶりの一軍公式戦出場を果たした[13]。8月12日の対オリックス・バファローズ戦では9番・捕手で先発出場し、7回表の第3打席で左中間へ適時二塁打を放ち、プロ初打点を記録。また初の猛打賞も記録した[14][15]。18日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦では、6回裏に初盗塁を記録した[16]。そのほかこの年は1軍での出場試合数や安打数、打点など現役生活で最多の数字を記録することとなった。イースタン・リーグ公式戦には22試合に出場し、1試合で三塁手としても起用された[17]。シーズン終了後には背番号が25に変更された[18]

2012年はシーズン開幕を一軍で迎えたが[19]、出場試合数は前年より減った。5月10日の対楽天戦では、8回裏に捕手として守備に就いていた際、タッチアップによる本塁上のクロスプレーがセーフと判定されたことを不服として球審の森健次郎に抗議した際に森の体に触れたことが暴力行為とみなされ退場処分を受けた。なお、この試合西武は既に星以外の捕手が全員退いていたため、プロ入り時に捕手でその後外野手に転向していた星秀和が「急造捕手」としてその後の守備に就いた[20][21]

2013年も開幕を一軍で迎え[22]、チームの捕手としては炭谷銀仁朗に次いで2番目に多い39試合に出場した[23]。9月19日の対北海道日本ハムファイターズ戦では、試合の途中で一塁の守備に就いたが、一軍公式戦で捕手以外の守備位置に就いたのはこの試合が唯一だった[24]

2014年、3年連続で開幕を一軍で迎えたが[25]、出場試合数は11試合で、この年一軍公式戦に出場したチームの捕手の中では最も少なかった[26]。イースタン・リーグ公式戦では、一塁・二塁・三塁の守備にも就いた[27]

2015年以降は一軍公式戦の出場機会がなく、2016年5月30日には右有鈎骨の除去手術を受けた[28]

2016年10月7日に球団から戦力外通告を受け[29]、10月11日に二軍育成コーチへ就任したことが発表された。背番号は81[30]

引退後

2019年5月7日、二軍の捕手不足に対する暫定措置として、任意引退選手公示とコーチ登録を抹消したうえで育成選手としての契約を締結、規定により背番号を181に変更した。しかし出場は1試合だけにとどまり、10月21日に選手契約の解除が発表された。球団からは専任コーチとしての再契約を打診されたが、打診を固辞したうえで退団した[31]

2019年10月26日、地元・宮城を本拠地とする東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍バッテリーコーチに就任することが発表された[32]2020年から2022年まで同コーチを務め、2022年限りで退任した[33]

2023年2月2日、母校である東北学院大学硬式野球部の監督に就任することが発表された[34]

人物

好きな言葉は「堅守賢運(けんしゅけんうん)」、「諦めたら終わり」。

巨人史上初の「星」姓の選手であったことから、入団当初は「巨人の」という触れ込みで注目された。本人もそれを意識していたとのことで、入寮時は、ちゃぶ台を持参したことが話題になった[35]。また、在籍中のホームゲームでは、打席に入る際の登場曲に「ゆけゆけ飛雄馬」を使用していた。

巨人時代の2007年1月18日に、高校時代の同級生との結婚を発表。2008年11月18日に長女を授かった。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う津波の被害で名取市にあった実家が全壊、そこで暮らしていた祖父母が流され、後に死亡が確認された[36]。 なお震災にあたり、チーム(巨人)の選手のメッセージを集めたビデオレターを被災地の避難所に届けることを提案したほか[37]、被災地に援助物資を届けたり[38]、被災者のための募金活動や[39]、この年に春の甲子園大会に出場予定だった宮城県の東北高校の選手に数珠を作って贈る活動に参加するなど[40]、被災者支援活動に尽力した。

プロ入り前はアマチュア野球の指導者になることを夢見ており、大学時代に教員免許を取得した。西武から戦力外通告と同時にコーチ就任の打診を受けた際は、当時小学2年生だった娘の後押しで打診を受諾する決心をしたという[41]。その時の心境として、「ありがたいですよね。たいした成績も残せなかったのに、また野球に携われるチャンスをいただいたんですから」と述べている[41]。その一方で、2019年にコーチから2年振りに現役へ復帰したことについては「ちょっとうきうきした」と語っている[31]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2005 巨人 2330100010000000000.333.333.333.667
2006 7550110020000000010.200.200.400.600
2009 9550000000000000020.000.000.000.000
2011 西武 4073666162102021030202143.242.286.303.589
2012 2923212300030001000140.143.182.143.325
2013 4029280500051100000160.179.207.179.385
2014 1113132110020000000032.077.077.154.231
通算:7年 13815114110274103332040204305.191.224.234.459

年度別守備成績



捕手一塁


































2005 巨人 2700001.000000--
2006 6700001.000000--
2009 9900011.000110.000-
2011 西武 40132100301.00019145.263-
2012 265160201.00015123.200-
2013 399350011.00013103.231120001.000
2014 72230101.000312.667-
通算 129321240621.000513813.255120001.000

記録

初記録

背番号

  • 38(2005年 - 2006年)
  • 58(2007年 - 2011年5月7日)
  • 61(2011年5月8日 - 同年終了)[42]
  • 25(2012年 - 2016年)
  • 81(2017年 - 2019年5月6日)
  • 181(2019年5月7日 - 同年終了)
  • 82(2020年 - 2022年)

登場曲

脚注

  1. 【決断】西武・星 プロ入り前の夢はアマ指導者 2軍育成コーチで第一歩 スポニチ Sponichi Annex 2016年12月2日配信
  2. 2014年度西武ライオンズ選手名鑑 スポニチ Sponichi Annex
  3. 歴代ベストナイン 仙台六大学野球連盟公式サイト
  4. 星 大学の後輩・岸と再びバッテリー心待ち スポニチ Sponichi Annex 2011年5月11日掲載
  5. 2005年度 読売ジャイアンツ 個人打撃成績(イースタン・リーグ)
  6. 2007年度 読売ジャイアンツ 個人守備成績(イースタン・リーグ)
  7. 2008年度 読売ジャイアンツ 個人守備成績(イースタン・リーグ)
  8. 西武 巨人から金銭トレードで星を獲得 スポニチ Sponichi Annex 2011年5月9日掲載
  9. トレードのお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年5月9日配信
  10. 2011年度公示 トレード NPB.jp 日本野球機構
  11. 星孝典選手入団会見 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年5月10日配信
  12. 一軍登録情報 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年5月17日配信
  13. 2011年5月21日 埼玉西武 対 中日 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  14. 【西武】巨人で計2安打 星初の4安打 日刊スポーツ 2011年8月12日配信
  15. 2011年8月12日 オリックス 対 埼玉西武 成績詳細テキスト速報 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  16. 2011年8月18日 埼玉西武 対 楽天イーグルス テキスト速報 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  17. 2012年度 埼玉西武ライオンズ 個人守備成績(イースタン・リーグ) NPB.jp 日本野球機構
  18. 2012年 背番号のお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年11月13日配信
  19. 2012年 開幕登録選手発表! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2012年3月28日配信
  20. 捕手の星退場 外野手の星が捕手 日刊スポーツ 2012年5月11日紙面から
  21. 2012年5月10日 楽天イーグルス 対 埼玉西武 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  22. 2013年 開幕登録選手発表! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2013年3月27日配信
  23. 2013年度 埼玉西武ライオンズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ) NPB.jp 日本野球機構
  24. 2013年9月19日 埼玉西武 対 北海道日本ハム 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  25. 2014年 開幕登録選手発表! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2014年3月26日配信
  26. 2014年度 埼玉西武ライオンズ 個人守備成績(パシフィック・リーグ) NPB.jp 日本野球機構
  27. 2014年度 埼玉西武ライオンズ 個人守備成績(イースタン・リーグ) NPB.jp 日本野球機構
  28. 西武 星が右有鉤骨除去手術、復帰まで1~2カ月 スポニチ Sponichi Annex 2016年5月30日配信
  29. 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2016年10月7日配信
  30. 2017年度 コーチングスタッフ発表!馬場 敏史、西口 文也、野田 浩輔、星 孝典、工藤 建太5コーチ 就任会見 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2016年10月11日配信
  31. 西武 2捕手と来季契約結ばず 星は5月に捕手不足で異例現役復帰…コーチ打診も退団申し入れ”. スポーツニッポン. 2019年10月21日閲覧。
  32. 新任コーチに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス. 2019年10月26日閲覧。
  33. コーチ契約に関して|東北楽天ゴールデンイーグルス”. 楽天イーグルス オフィシャルサイト. 2022年10月14日閲覧。
  34. “元巨人・星孝典氏、東北学院大の新監督に就任 元西武・杉山賢人氏がコーチ”. スポーツ報知. (2023年2月2日). https://hochi.news/articles/20230201-OHT1T51278.html 2023年2月2日閲覧。
  35. 【西武】星2軍育成コーチ「巨人に勝ちたい」“戦力外”から5秒後まさか…”. スポーツ報知. 2016年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月13日閲覧。
  36. 津波で祖父母亡くした巨人捕手 実家全壊「親父もギリギリ助かった」 スポニチ Sponichi Annex 2011年3月23日掲載
  37. 巨人ナインから被災者へビデオレター 宮城出身・星が提案 スポニチ Sponichi Annex 2011年3月21日配信
  38. 津波で祖父母が犠牲…巨人の星が物資を被災地へ スポニチ Sponichi Annex 2011年3月27日配信
  39. 巨人が募金活動 約3300人が協力 スポニチ Sponichi Annex 2011年3月23日配信
  40. 巨人・星ら、東北ナインに“甲子園の数珠” スポニチ Sponichi Annex 2011年3月28日配信
  41. 【西武】星2軍育成コーチ「巨人に勝ちたい」“戦力外”から5秒後まさか…”. スポーツ報知. 2016年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月13日閲覧。
  42. 西武では2005年から2007年までの2シーズン、ドラフト同期で同姓の星秀和が付けていた。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.