星野鉄太郎
経歴
駿河国安倍郡駿府屋形町(現在の静岡県静岡市葵区)出身。旧幕時代は駿府町奉行与力を務めた。1872年(明治5年)より静岡県に出仕し、1879年(明治12年)に富士郡長に就任し、1881年(明治14年)に安倍郡長に転任[2]。1886年には榛原郡長となり、1889年まで務めた[2]。1889年(明治22年)5月13日、初代の静岡市長に就任し、1902年(明治35年)4月17日まで在任した。また1901年(明治34年)からは静岡漆工学校長も務めた[3]。
1902年の第7回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。2期務めた。
脚注
- 衆議院『第十八回帝国議会衆議院議員名簿』(第十八回帝国議会衆議院公報第一号附録)〔1903年〕、12頁。
- 『岳陽名士伝』1157-59ページ
- 『新選代議士列伝』140ページ
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