春日神社 (大分市)
春日神社(かすがじんじゃ)は、大分県大分市にある神社である。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。
| 春日神社 | |
|---|---|
![]() | |
| 所在地 | 大分県大分市勢家町4丁目6-87 |
| 位置 | 北緯33度14分42.5秒 東経131度35分53.5秒 |
| 主祭神 |
武甕槌命 経津主命 天津児屋根命 姫大神 |
| 社格等 | 旧県社・別表神社 |
| 創建 | 伝貞観2年(860年) |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 4月13日[1] |
| 主な神事 |
茅の輪神事(6月30日) 潮掻き神事(10月19日) |
| 地図 |
![]() 春日神社 春日神社 (大分県) |
歴史
創建
社伝や『豊後国志』によれば、貞観2年(860年)、豊後国国司となった藤原世数により氏神である大和国の春日大社を勧請して創建された[2][3]。『春日神社略記』では、天平年間(729年 - 749年)、国分寺建立のために下向した石川年足が大和三笠山より勧請したとする[3]。また、天長年間(824年 - 834年)、市川某が大和三笠山より勧請したともされる[4]。
中近世
鎌倉時代の建久7年(1196年)、豊後国守護となった大友氏初代当主大友能直が再興したとされる。一方、『雉城雑誌』は、第2代当主大友親秀が仁治3年(1243年)に社殿を修復して笠和郷[注 1]の宗廟とし、社領80貫を寄進したと記している[3]。親秀が寄進した菖蒲田等の社領は、近年まで勢家町及び春日町の小字に名を残していた[5]。親秀はまた、別当寺である鷹雄山神宮寺を再興したり、境内に蓬莱山を築いたともされる[6]。以来、代々の領主により豊後府内の総廟として崇敬された[4]。
天正14年(1586年)の島津軍の府内侵攻の際に社殿を焼失[2]。慶長8年(1603年)に府内藩初代藩主竹中重利が再興した[6][4][3]。重利は、慶長12年(1607年)、江戸からの帰路に播磨灘で暴風雨に遭ったが、春日神社に加護を祈って事なきを得たので、境内に松の苗10万本を寄進したという[4][3]。
日根野吉明は、寛永11年(1634年)に府内藩に入ると、春日神社に神宝を寄進するとともに、伝記を蒐集して祭祀を復興[4]。正保2年(1645年)には蓬莱山を再建するとともに、過去七仏の廟を建立した[5]。
社叢
社叢は、総面積 26,000m2、樹林面積 15,600m2で、樹木の総数は約500本。「春日神社の森」として、1974年(昭和49年)2月1日に大分市の名木(樹林の部)[9]に、また、同年3月15日に大分県の特別保護樹林に指定されている。
祭礼
交通
脚注
出典
- “恒例祭”. 春日神社. 2018年7月23日閲覧。
- “由緒”. 春日神社. 2018年7月23日閲覧。
- 吉田豊治 (1 December 1980). "春日神社". In 大分放送大分百科事典刊行本部 (ed.). 大分百科事典. 大分放送. p. 137.
- “勢家 春日神社”. 全国春日連合会. 2018年7月23日閲覧。
- 渡辺克己 著、大分合同新聞社 編『デジタルブック版「大分今昔」第十五章 春日浦かいわい』(PDF)NAN-NAN事務局、2007年11月23日。
- “特別保護樹林一覧”. 大分県. 2018年7月23日閲覧。
- “「大分きれい100選事業」受賞作品【建築物・工作物・まちづくり活動部門】平成24年度おおいた景観モデル賞 48.春日神社” (PDF). 大分市 (2017年4月1日). 2018年7月23日閲覧。
- “温泉神社の意外な事実 かつての社殿は春日神社に”. 大分合同新聞. (2018年7月23日)
- “大分市指定名木一覧表”. 大分市 (2016年9月14日). 2018年7月23日閲覧。
- “春日神社”. 一般財団法人大分市観光協会. 2018年7月23日閲覧。
外部リンク
- 春日神社(神社公式)

