本庄水管橋
本庄水管橋(ほんじょう すいかんきょう)は、かつて大阪市北区豊崎と淀川区西中島間を結び、淀川に架かっていた大阪市水道局の水管橋。淀川右岸にある柴島浄水場から淀川左岸の大阪市の都心部へ送水する配水幹線として運用するため、1911年(明治44年)に架設された[1]。
| 本庄水管橋 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国 |
|
| 所在地 | 大阪市北区豊崎-淀川区西中島間 |
| 交差物件 | 淀川(新淀川) |
| 用途 | 上水道 配水管 |
| 路線名 | 中部幹線・西部幹線 |
| 管理者 | 大阪市水道局 |
| 竣工 | 1911年(明治44年)[1] |
| 閉鎖 | 2005年(平成17年)[1] |
| 座標 | 北緯34度43分04秒 東経135度29分55秒 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 鋼単純プラットトラス橋[1] |
| 全長 | 296m |
| 最大支間長 | 36.0m |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
橋長296m、スパン36m、8径間の鋼単純プラットトラス橋には、口径42インチ(1,067mm)と口径45インチ(1,143mm)の2条の大口径鋼管が添架されていた[1]。橋脚は高さ15.4mのレンガ積躯体で、その上に高さ4.6mの鋼製トラスが設置されていた。添架されていた鋼管は、明治時代後期に国内で製造され始めたばかりのリベット接合鋼管であり、それぞれの鋼管はフランジ接合されていた[1]。
水管橋の北端が淀川の流水部で突然途切れているように見えたのは、1971年(昭和46年)に淀川の治水計画が見直され河川幅が120mから300mに拡大されたことから、高水敷にあった右岸側の橋台が流水部分とされたためである[1]。2005年(平成17年)に下流側に河底横断シールドトンネルで新たな水道管路が開設されたことから、本庄水管橋は運用を休止し[1]、2017年(平成29年)より上部工・下部工(A2橋台)の撤去工事が進められている[2][3]。
本水管橋は、土木学会選奨土木遺産のランクBに登録されていた[4]。
位置情報
- 淀川河口より8.2km[5]
参考文献
- 日本水道鋼管協会 「日本の水道鋼管」2020年 No105 夏号 ”100年間供用された大阪市の水道鋼管 明治期架設「本庄水管橋」の建設・保全技術の継承 大阪市水道局 工務部工務課 吉澤源太郎
- 大阪市電子調達システム 平成28年8月10日付け公告の「本庄水管橋上部工・A2橋台撤去工事」において、設計図書の一部に表記誤りがありました。
- 新栄建設 施工実績 大阪市水道局 本庄水管橋上部工・A2橋台撤去工事(その2) 竣工 平成30年3月
- 土木学会選奨土木遺産 大阪府 2000年
- 近畿地方整備局 淀川水系横断工作物一覧
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