本町 (中野区)
本町(ほんちょう)は、東京都中野区の町名。現行行政地名は本町一丁目から本町六丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は164-0012[3]。
本町 | |
|---|---|
![]() 東京工芸大学 中野キャンパス正面 | |
![]() 本町 本町の位置 | |
| 北緯35度41分46.95秒 東経139度40分47.82秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 面積 | |
| • 合計 | 1.06 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 29,041人 |
| • 密度 | 27,000人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
164-0012[3] |
| 市外局番 | 03[4] |
| ナンバープレート | 練馬 |
概要
中野区のほぼ中央部に位置する。町域の東部と南部は神田川に接しており、東部は川を境に新宿区西新宿に接し、南部は中野区弥生町に接する。北部は青梅街道を境に中野区中央に、西部は杉並区和田に、それぞれ接している。町域内を中野通りと山手通りが縦貫している。
東京23区内には「本町」と称する町域が複数存在し、特に近接して渋谷区の本町(ほんまち)があるため、混乱を防ぐため、当地所在の店舗名などに用いられる際は「中野本町」(なかのほんちょう)と区の名前を付しているケースも見られる。町域内は主に住宅地として利用される。いわゆる木賃ベルト地帯の一角でもあり、一戸建てのほかマンションやアパートも見られ、一人暮らしをしている若年層の住民も見られる。
東中野には青梅街道沿いに丸ノ内線の中野坂上駅と新中野駅がある。中野坂上駅の交差点付近は、2000年頃の再開発により当地や隣接する中野区中央に、オフィスが入った高層ビルが立ち並ぶようになり、交差点付近は以前に比べて景観も変わった。青梅街道沿いは、中野区内でも古くから人の往来があった場所でもあり、新中野駅には鍋屋横丁と呼ばれる古くからの商店街がある。また、当地は新宿駅からも比較的近く、青梅街道沿いにはオフィスビルも見られる。
地理
この地域は武蔵野台地の中央部に位置する。
中野区の南東部では、東進してきた神田川が北上し、桃園川(現在は暗渠化)が合流している。この2つの川により舌状台地が形成され、これを中野台地と呼ぶ。
この台地は東西に平坦で、青梅街道が走っている。この街道の北側と大久保通り(桃園川沿いを並走する道)の間が「中央」、街道の南側と神田川の間が「本町」である。
「本町」は更に、「台地の上の部分」「南側斜面および神田川沿い」の2つに分けられる。前者は青梅街道沿いにオフィスビル、商業施設、マンションなどが立ち並ぶ。街道の裏手は住宅地となっている。後者も住宅地であるが、学校用地としての利用が特徴的である。
中野坂上駅1番出入口の標高は33.9m
歴史
地名の由来
中野区のほぼ中央部に位置するため、本町とされる。
世帯数と人口
2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 本町一丁目 | 2,380世帯 | 3,750人 |
| 本町二丁目 | 2,964世帯 | 4,561人 |
| 本町三丁目 | 3,549世帯 | 5,308人 |
| 本町四丁目 | 4,466世帯 | 6,798人 |
| 本町五丁目 | 2,496世帯 | 3,749人 |
| 本町六丁目 | 3,088世帯 | 4,875人 |
| 計 | 18,943世帯 | 29,041人 |
小・中学校の学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 本町一丁目 | 1〜12番 | 中野区立向台小学校 | 中野区立第二中学校 |
| その他 | 中野区立桃園小学校 | ||
| 本町二丁目 | 10〜15番 29〜54番 | ||
| その他 | 中野区立向台小学校 | ||
| 本町三丁目 | 1番 | ||
| その他 | 中野区立桃園小学校 | ||
| 本町四丁目 | 全域 | 中野区立中野本郷小学校 | |
| 本町五丁目 | 全域 | ||
| 本町六丁目 | 全域 |
施設
公共機関等
- 日本司法支援センター - ハーモニータワー内にある法務省所管の準独立行政法人。
名所・旧跡
- 象小屋跡 - 徳川吉宗がベトナムから取り寄せた象が、この地の農民に払い下げられた。2丁目の朝日が丘公園に解説の駒札が立っている。
- 長者橋 - 山手通りの神田川にかかる橋。成願寺を開いた「中野長者」鈴木九郎に由来。首都高速「中野長者橋出入口」の名称にも採られている。
- 石森製粉の石臼 - 幕末から大正の頃、中野坂上は製粉業が盛んであった。中野坂の途中にある石森製粉は、かつて実際に使っていた直径2mの石臼を自社ビル前に展示している。このビルの上階は「マンション・ストーンミル」という名称の集合住宅になっている。
「ストーンミル」前の石臼
企業
かつて存在した施設等
- TENGA - 1丁目の山手通り沿いに本社があったが、2017年に港区三田に移転した。
- 貴乃花部屋 - 1982年に中野新橋駅そばに設立。継承時に藤島部屋→二子山部屋→貴乃花部屋と改称した。2016年に江東区新砂に移転、2018年に部屋自体が消滅となった。
- さいとう・プロダクション - さいとう・たかをの漫画製作プロダクション。国分寺市での設立後、都心進出のため中野・十貫坂(本町6丁目)へ移転、更に中野1丁目の大久保通り沿いの自社ビルに移転した。
- 勁文社 - 「ケイブンシャの大百科」で知られた出版社。3丁目にあったが、2002年に倒産した。
ゆかりの人物
出来事
- 光クラブ事件 - 戦後間もない頃に東大生らが関わった経済事件。クラブの本社が鍋屋横丁にあった。
ギャラリー
本一公園
本一公園の夜景
本二東郷やすらぎ公園
青梅街道の中野坂上交差点西側
中野坂上駅3番出入口のあるビル
関連番組
関連項目
脚注
- “中野区統計書”. 中野区 (2017年4月6日). 2018年1月4日閲覧。
- “世帯と人口”. 中野区 (2017年12月5日). 2018年1月4日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月4日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月4日閲覧。
- 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
- “通学区域(学校別・住所別)”. 中野区 (2018年4月1日). 2018年4月15日閲覧。


