杉山直久

杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手投手、右投右打)・コーチ

杉山 直久
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府舞鶴市
生年月日 (1980-12-25) 1980年12月25日(43歳)
身長
体重
183 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 自由獲得枠
初出場 NPB / 2003年8月20日
最終出場 NPB / 2010年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 富山サンダーバーズ (2012)

経歴

プロ入り前

舞鶴市立青葉中学校から東舞鶴高校に進む[1]。2年夏の府大会にはエースとなり、2回戦で4安打完封勝利を収め[2]、続く3回戦でも綾部高校を被安打1に抑えたものの1対2で敗れた[3]。3年夏は4回戦の試合途中に右手中指の皮がめくれ、大谷高校に2対4で敗れている[4]

卒業後は龍谷大学経済学部に進学し[1]、2年春に対京産大戦で新リーグ史上5人目となるノーヒットノーランを達成し[5]、同季の新人賞とベストナイン特別賞を受賞した[6]大学選手権では2回戦で先発完投も細川亨のいた青森大に惜敗[7]。同年秋の明治神宮大会では準決勝で先発し、優勝する慶大山本省吾と投げ合うも敗れる[8]。3年秋には防御率0.86で4勝を挙げてリーグ優勝に貢献し、MVPを獲得している[9]。4年になると大学選手権で初戦完封勝利(7回コールド)[10]第31回日米大学野球選手権大会の日本代表にも選ばれ、リーグ戦では植大輔と共にダブルエースとして大学通算15勝4敗、防御率1.19の成績を残した[1]

150 km/h近い速球を持つリーグNo.1右腕として高い評価を受け[11]2002年ドラフト会議阪神タイガース自由獲得枠で指名され入団。契約金は1億円+出来高払い5,000万円、年俸は1,500万円(いずれも推定)で、背番号はエースナンバーの18[12]が与えられた。

阪神時代

2003年はキャンプの時期から三軍で基礎体力を強化し[13]、8月に一軍に昇格して3試合の登板に終わったものの投球内容は評価された[14]。翌2004年6月15日の対ヤクルトスワローズ戦で初先発しプロ初勝利を挙げた。

2005年に球の出所が打者に見破られやすいという指摘を受け、体で球を隠す投法に改造した。同年は先発投手として一軍に定着し、5月18日の対西武ライオンズ戦では、同学年だった松坂大輔と投げ合い勝利した。9月11日の対広島東洋カープ戦ではプロ初完投・初完封を記録するなど、規定投球回数には届かなかったが9勝を挙げてリーグ優勝に貢献し2005年の日本シリーズでも登板を果たした。オフには1,500万円増の年俸3,200万円(推定)で契約を更改している[15]

2006年は開幕後1か月間、雨天や日程の都合で登板機会が飛び、先発して好投するも打線の援護に恵まれず、初勝利が8月末、成績は4勝4敗と伸び悩んだ。2007年は開幕一軍を逃すも、4月に福原忍の抹消に伴い一軍昇格。しかし結果を残せず降格と再昇格を繰り返し、8月から先発ローテーションに定着したものの、終盤は打線の援護に恵まれず白星を逃し、9月の対ヤクルト戦で炎上し、降格した。

2008年は開幕から先発ローテーションを任されるものの、雨天中止などで登板が流れがちで[16]不安定な投球も続いたため5月19日に二軍に降格。同年オフの契約更改では成績の低迷に加えて横浜ベイスターズからFA宣言していた三浦大輔の獲得をチームが目指していたことを理由に[17][18]、背番号が17に変更となった。

2011年は一軍登板がなく二軍でも防御率4.91と振るわなかった。10月9日に戦力外通告を受け[19]、12月2日に自由契約公示された。

阪神退団後

2012年ベースボール・チャレンジ・リーグ富山サンダーバーズで選手兼任コーチとしてプレー[20]。同年10月17日、現役引退を表明した[21]

引退後は自身が契約していたスポーツマネジメント会社オフィスSICに就職[22]。阪神時代にチームメイトだった赤星憲広のマネジメントも同社で手掛けていることから、入社後には赤星のマネジャーを務めている。2013年1月7日には、赤星が主宰する中学野球チーム「レッドスターベースボールクラブ」のピッチングコーチにも就任した[23]

2015年1月からオリックス・バファローズにチームスタッフとして入団。一軍監督付の広報兼マネージャーを担当する[24]かたわら、一軍の打撃練習では、背番号のないユニフォームで打撃投手を務めている。 2020年現在は一軍マネージャー[25]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2003 阪神 32000020--.0004811.212130081010107.711.29
2004 139000220--.50024153.252102602577033305.031.45
2005 23221109600.600568134.213112390111039051442.941.26
2006 17143014400.50038190.17983018656034313.091.21
2007 20151104500.44437184.0101419310513045434.611.43
2008 980002300.40019843.15451603244029285.821.62
2009 210000100.000235.082101100335.401.80
2010 700000000----286.180201300222.841.58
通算:8年 9471521212300.4771858429.0445421364363123002071914.011.35
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

NPB投手記録
NPB打撃記録

独立リーグでの投手成績










































W
H
I
P
2012 富山 3514712.36436379.0861319474148434.901.48
通算:1年 3514712.36436379.0861319474148434.901.48

背番号

  • 18 (2003年 - 2008年、2012年)
  • 17 (2009年 - 2011年)

脚注

  1. 朝日新聞、2002年11月7日付朝刊、京都地方面
  2. 朝日新聞、1997年7月16日付朝刊、京都地方面
  3. 朝日新聞、1997年7月19日付朝刊、京都地方面
  4. 朝日新聞、1998年7月26日付朝刊、京都地方面
  5. 読売新聞、2000年5月7日付朝刊、P.21
  6. 朝日新聞、2000年5月25日付朝刊、P.23
  7. 週刊ベースボール増刊 大学野球2000秋季リーグ戦展望号 ベースボールマガジン社
  8. 週刊ベースボール増刊 大学野球2001春季リーグ戦展望号 ベースボールマガジン社
  9. 読売新聞、2001年10月24日付朝刊、P.25
  10. 週刊ベースボール増刊 大学野球2002秋季リーグ戦展望号 ベースボールマガジン社
  11. 読売新聞、2002年6月17日付朝刊、大阪版夕刊、P.4
  12. 読売新聞、2002年11月25日付朝刊、P.27
  13. 読売新聞、2003年2月22日付朝刊、P.25
  14. 朝日新聞、2003年9月17日付夕刊、P.5
  15. 読売新聞、2005年12月7日付朝刊、P.18
  16. 雨男杉山、先発「また流れた」岡田監督も残念がる スポーツニッポン、2008年4月18日閲覧。
  17. 読売新聞、2008年11月29日付朝刊、P.18
  18. 阪神、FA三浦獲得前に杉山の「18」剥奪 日刊スポーツ、2008年11月29日閲覧。
  19. 阪神、大ナタ大量8選手に戦力外通告”. サンケイスポーツ (2011年10月10日). 2011年10月10日閲覧。
  20. 杉山直久投手兼任コーチ入団のお知らせ”. 富山サンダーバーズベースボールクラブ (2012年1月19日). 2012年1月24日閲覧。
  21. 富山 退団選手のお知らせ”. BCリーグ (2012年10月17日). 2012年10月19日閲覧。
  22. 週刊ベースボール2013年7月1日号 P60
  23. 週刊ベースボール2013年7月1日号 P61
  24. 森脇監督付に元阪神杉山直久氏 オリ人事 日刊スポーツ、2014年12月26日閲覧
  25. 引退決断の阪神・藤川の戦友、オリックス・杉山直久「ただただ、さみしい」”. サンスポ.com (2020年9月1日). 2020年10月25日閲覧。

関連項目

外部リンク

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