材木町 (岡崎市)
材木町(ざいもくちょう)は、愛知県岡崎市の町名。現行行政地名は材木町1丁目から材木町3丁目。
材木町 | |
|---|---|
![]() 御旗公園 | |
![]() 材木町 材木町の位置 | |
| 北緯34度57分39.81秒 東経137度9分41.43秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 本庁地区 |
| 面積 | |
| • 合計 | 0.069568376 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 784人 |
| • 密度 | 11,000人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
444-0057[3] |
| 市外局番 | 0564(岡崎MA)[4] |
| ナンバープレート | 岡崎 |
地理
岡崎市の西部に位置し、中心街の一角に相応する。36個の番地と丁目が南から順に1丁目~3丁目ある。なお小字は持たない。
番地
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歴史
| おかざきざいもくちょう 岡崎材木町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1889年10月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 岡崎横町、岡崎亀井町、岡崎久右衛門町、岡崎魚町、岡崎康生町、岡崎材木町、岡崎十王町、岡崎松本町、岡崎上肴町、岡崎伝馬町、岡崎田町、岡崎唐沢町、岡崎島町、岡崎投町、岡崎能見町、岡崎八幡町、岡崎板屋町、岡崎福寿町、岡崎門前町、岡崎祐金町、岡崎裏町、岡崎両町、岡崎連尺町、岡崎六地蔵町、岡崎籠田町、菅生村、中村、梅園村、八帖村、六供村 → 岡崎町 |
| 現在の自治体 | 岡崎市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 郡 | 額田郡 |
| 岡崎材木町役場 | |
| 所在地 | 愛知県額田郡岡崎材木町 |
| ウィキプロジェクト | |
額田郡岡崎材木町を前身とする。
材木町の地名の由来は材木問屋が軒を並べていたからではない。ただ、明確にされているわけではなく、次の説がよくいわれている。岡崎の城下町を整備した岡崎城主田中吉政が、町家を建築する材木を伐り出した場所から由来するという説がある。また城下町整備以前の岡崎中心部は幽邃とした密林で、材木町の地にあったという天神山の材木をすべて伐採して、まずこの場所に積んで置いたため「木町」と称したという説もある[12]。なお天神山はすべて取り崩して平地にし、その土砂で岡崎城西側にあったとされる沼沢を埋め立てて田町などの町を造ったという。
岡崎城下における職人は鍛冶屋の数が多かった。享保年間頃では、大工など他の職人の中でも数が最も多い。とくに材木町の通りは際立っている。材木町の通り沿いに鍛冶職人が大勢集住したのは、岡崎城主田中吉政や、その次の本多康重が城下町づくりの一環として材木町の東にあったとされる久後切という地域に鍛冶職人を集住させたことにはじまる。材木町の通り沿いにはほかに大工職人・指物師・桶職人など、ほかにもさまざまな職人が居住していた。いわば総合的な職人町を形成していたのである。
明治期に入ると鍛冶屋は激減。替わって菓子製造業が増えた。当時、名古屋を除けば、材木町界隈は東海一の菓子の町と呼ばれた。そんな職人気質の雰囲気が強かった材木町も、1945年7月20日に岡崎空襲を受け町の東部が消失した。
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行に伴い、岡崎横町・岡崎亀井町・岡崎久右衛門町・岡崎魚町・岡崎康生町・岡崎材木町・岡崎十王町・岡崎松本町・岡崎上肴町・岡崎伝馬町・岡崎田町・岡崎唐沢町・岡崎島町・岡崎投町・岡崎能見町・岡崎八幡町・岡崎板屋町・岡崎福寿町・岡崎門前町・岡崎祐金町・岡崎裏町・岡崎両町・岡崎連尺町・岡崎六地蔵町・岡崎籠田町・菅生村・中村・梅園村・八帖村・六供村が合併し、岡崎町大字材木となる[13]。
- 1916年(大正5年)7月1日 - 市制施行に伴い、岡崎市大字材木となる[14]。
- 1917年(大正6年)7月1日 - 材木町に改称[14]。
- 1957年(昭和32年)11月15日 - 全域の小字を廃止し、東部は材木町1丁目・材木町2丁目・材木町3丁目となり、西部は番地を使用するようになる。康生町・連尺町・魚町の各一部を編入、一部が本町通3丁目・魚町1丁目・能見通1丁目となる[15][14]。
施設
- ファミリーマート岡崎材木町店
- 御旗公園
脚注
- “愛知県岡崎市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年5月19日閲覧。
- “支所・町別人口・世帯集計表(各月1日現在)” (XLS). 岡崎市(統計ポータルサイト) (2019年5月1日). 2019年5月19日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2019年5月19日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年5月19日閲覧。
- 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- “岡崎市立小中学校通学区域”. 岡崎市 (2018年6月9日). 2019年5月19日閲覧。
- “岡崎城総堀跡 発掘調査公開中!!” (PDF). 岡崎市役所. 2020年10月25日閲覧。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 590.
- 新編岡崎市史編さん委員会 1993, p. 638.
- 新編岡崎市史編さん委員会 1993, p. 639.
- 新編岡崎市史編さん委員会 1983, p. 98.
- “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年5月18日閲覧。
参考資料
外部リンク
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