杜倉

杜 倉(と そう、生没年不詳)は、中国戦国時代の政治家で相邦を務めた。『史記』では彼に対する記載はなく、『韓非子』の存韓篇でその行動が記録されている。それによると、五国合従軍の攻撃に報復するため、軍を発しを攻撃したとされ、呂不韋の後の相邦だったと考えられている[1]

脚注

  1. 『韓非子』存韓篇:杜倉相秦,起兵発将以報天下之怨而先攻荊。『和訳韓非子 存韓』16頁 - 国立国会図書館デジタルコレクション

参考文献

  • 韓非『韓非子』存韓篇
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