東経123度線

東経123度線(とうけい123どせん)は、本初子午線面から東へ123角度を成す経線である。北極点から北極海アジア太平洋オーストラリアインド洋南極海南極大陸を通過して南極点までを結ぶ。東経123度線は西経57度線と共に大円を形成する。

線が入っている地球
123°
東経123度線

通過する国・地点

東経123度線は、北極点から南極点まで南に向かって以下の場所を通っている。

地理座標 国土・領土・領海 備考
北緯90度0分 東経123度0分 北極海
北緯78度2分 東経123度0分 ラプテフ海
北緯72度57分 東経123度0分 ロシアの旗 ロシア
北緯53度30分 東経123度0分 中華人民共和国の旗 中華人民共和国 黒龍江省
内モンゴル自治区北緯51度17分 東経123度0分から)
黒龍江省(北緯47度43分 東経123度0分から)
内モンゴル自治区(北緯46度42分 東経123度0分から)
吉林省北緯46度6分 東経123度0分から)
内モンゴル自治区(北緯44度29分 東経123度0分から)
遼寧省北緯42度44分 東経123度0分から)
北緯39度40分 東経123度0分 黄海 中華人民共和国の旗 中華人民共和国山東半島北緯37度23分 東経122度42分)の東を通過
北緯33度17分 東経123度0分 東シナ海 中華人民共和国の旗 中華人民共和国舟山群島北緯30度25分 東経122度56分)の東を通過
北緯24度28分 東経123度0分 日本の旗 日本 与那国島
北緯24度26分 東経123度0分 太平洋 フィリピン海
北緯14度7分 東経123度0分 フィリピンの旗 フィリピン ルソン島
北緯13度31分 東経123度0分 ラガイ湾
北緯13度9分 東経123度0分 フィリピンの旗 フィリピン ブリアス島
北緯13度0分 東経123度0分 シブヤン海
北緯11度30分 東経123度0分 フィリピンの旗 フィリピン パナイ島
北緯11度5分 東経123度0分 ギマラス海峡
北緯10度55分 東経123度0分 フィリピンの旗 フィリピン ネグロス島
北緯9度3分 東経123度0分 スールー海
北緯8度25分 東経123度0分 フィリピンの旗 フィリピン ミンダナオ島
北緯7度28分 東経123度0分 セレベス海
北緯0度58分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア スラウェシ島ミナハサ半島
北緯0度30分 東経123度0分 トミニ湾
南緯0度37分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア スラウェシ島イースト半島
南緯0度54分 東経123度0分 ペレン海峡
南緯1度12分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア ペレン島
南緯1度31分 東経123度0分 バンダ海 インドネシアの旗 インドネシアマヌイ島南緯3度35分 東経123度2分)の西を通過
南緯4度0分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア ウォウォニ島
南緯4度12分 東経123度0分 バンダ海 インドネシアの旗 インドネシアスラウェシ島南緯4度19分 東経122度54分)の東を通過
南緯4度23分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア ブトゥン島
南緯4度56分 東経123度0分 バンダ海
南緯5度9分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア ブトゥン島
南緯5度23分 東経123度0分 バンダ海
南緯8度17分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア フローレス島アドナラ島ソロール島
南緯8度30分 東経123度0分 サヴ海
南緯10度44分 東経123度0分 インドネシアの旗 インドネシア ロテ島
南緯10度52分 東経123度0分 インド洋
南緯12度14分 東経123度0分 オーストラリアの旗 オーストラリア アシュモア・カルティエ諸島
南緯12度17分 東経123度0分 インド洋
南緯16度23分 東経123度0分 オーストラリアの旗 オーストラリア 西オーストラリア州
南緯33度52分 東経123度0分 インド洋 オーストラリア当局は当海域が南極海の一部である旨を主張している[1][2]
南緯60度0分 東経123度0分 南極海
南緯66度40分 東経123度0分 南極大陸 オーストラリア南極領土 - オーストラリアの旗 オーストラリア領有権主張

出典

  1. Darby, Andrew (2003年12月22日). “Canberra all at sea over position of Southern Ocean”. The Age. http://www.theage.com.au/articles/2003/12/21/1071941610556.html 2013年1月13日閲覧。
  2. Indian Ocean”. Encyclopaedia Britannica. 2013年1月13日閲覧。

関連項目

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