東西橋 (富山県)

東西橋(とうざいばし)は、富山県富山市白岩川に架かる富山県道160号水橋停車場線桁橋である。

東西橋
基本情報
日本の旗 日本
所在地 富山県富山市
交差物件 白岩川
用途 道路橋
路線名 富山県道160号水橋停車場線
管理者 富山県
竣工 1957年昭和32年)12月14日
座標 北緯36度45分11.5秒 東経137度18分13.7秒
構造諸元
形式 連続鈑桁橋
全長 91.8 m
8.7 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
富山県道160号標識

概要

  • 左岸:富山県富山市水橋立山町
  • 右岸:富山県富山市水橋大町
  • 形式 - 連続鈑桁橋[1]
  • 橋長 - 91.8 m[2]
  • 幅員 - 8.7 m[2]

完成当時は両方の欄干に8灯の電飾が取り付けられていた[3]

沿革

江戸時代の白岩川は、河口付近で常願寺川と合流していて、水橋の街を二分していた。このため、この場所では舟渡により渡航されていた[2]

やがて新川郡水橋町の売薬業者数名が拠金を行い、舟橋を架橋する計画となったが、1868年木橋に変更して着工。橋材は常願寺川より東側の各村神社境内のスギを用いて、1869年(明治2年)6月27日に『立山橋』という名称で竣工。幅員2間5尺、橋長は130 - 136間(約246 - 248 m)で、当時は日本国内最長級の橋梁であったと言われている。途中2箇所に馬除けが設けられ、欄干には青銅製の擬宝珠が付いていた。その後、神社の杉木を使ったことによる祟りを防ぐため、橋詰めに水神社を建設した。1892年(明治25年)に治水工事で常願寺川と白岩川の河口が分離されたことで、白岩川の川幅が半分になったため、1899年(明治32年)に長さ58、幅3間の橋に架け替えられ、1900年(明治33年)12月に完成した[2][4][5][6]

1916年大正5年)に立山橋の名称を常願寺川本流の上滝地区の橋の名称に譲り、東西橋に改称[2][4]1957年(昭和32年)2月5日に現在の橋に架け替える工事が着工し[7]、同年3月末より本格的に事業着手した。6月末に橋脚パイルの打ち込みや下部作業が終わった後に工事が一時中断していた時期があったものの[8]、その後無事完成し、同年12月14日より渡橋式が挙行された。総工費は2,600万円[3]

脚注

  1. FR16:川を渡る橋・富山県(2021年5月18日閲覧)
  2. 北日本新聞』2015年4月20日付朝刊8面『とやまの橋 40 東西橋』より。
  3. 『北日本新聞』1957年12月7日付朝刊8面『東西橋が完成 水橋 14日に渡橋式をあげる』より。
  4. 角川日本地名大辞典 16 富山県』(昭和54年10月8日、角川書店発行)527ページ。
  5. 『保存版 富山今昔写真帖』(2003年3月24日、富山市発行)96頁。
  6. 『富山縣紀夢』(1909年9月26日、富山県発行)237頁。
  7. 『富山新聞』1957年2月12日付朝刊8面『秋までに永久橋に 水橋町東西橋の工事始まる』より。
  8. 『北日本新聞』1957年9月6日付朝刊8面『その後を追って 東西橋の架替え工事 漫々的な工事に非難 2ヶ月も放置状態』より。

関連項目

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