松山組
来歴
初代組長の松山政雄は三代目山口組の“知恵袋”こと小田秀臣の若衆で、同人の率いた小田秀組に30年近くにわたって在籍。やがて竹中四代目体制発足後に小田秀組が解散すると、同組で若頭の役にあった松山が竹中四代目の盃を受理し、山口組の直参(二次団体首領)となった。1995年における松山の病死に伴い、舎弟頭の役にあった亀井惟茂が跡目を継承。そして2008年における亀井の引退に伴い、長らく若頭の役にあったその義弟・亀井利臣が三代目を襲名した。[4]
歴代
初代:松山政雄
1935年8月27日生。“松山政男”とも。[2] 三代目山口組系小田秀組を率いた小田秀臣の子飼いの若衆で、30年近くにわたって同組に在籍。竹中正久を首領に据えた四代目山口組の発足に伴い小田秀組は山口組を脱退、一和会への参画が予想されるも、結局は小田が引退し小田秀組は解散。同組で若頭の役にあった松山は、竹中正久の盃を受け山口組の直参となった。1995年の6月に死去。病死であった。[4]
出典
- 『【衝撃事件の核心】山口組直参6人逮捕 それでもゴルフをしたら摘発する警察の「論理」(2/5ページ)』 2012年7月29日 MSN産経ニュース
- 山口組ドキュメント 五代目山口組:『五代目山口組本家組織図』 (付録),1990年,溝口敦,ISBN 4-380-90223-4,三一書房
- 六代目山口組完全データBOOK 2008年版:『六代目山口組直系若衆>大阪若中』 (p.3) 2009年2月1日 ISBN 978-4-86201-358-3 メディアックス
- 六代目山口組完全データBOOK 2008年版:『2008年 引退した男たちの肖像>【二代目松山組】亀井惟茂組長』 (p.151-152) 2009年2月1日 ISBN 978-4-86201-358-3 メディアックス
- 六代目山口組完全データBOOK 2008年版:『2008年昇格 新直参 精鋭12人>三代目松山組 亀井利臣組長(東大阪)』 (p.160) 2009年2月 ISBN 978-4-86201-358-3 メディアックス
- 六代目山口組完全データBOOK 2008年版:『六代目山口組全直参88人完全データ』 (p.8) 2009年2月 ISBN 978-4-86201-358-3 メディアックス
- 『山口組直参5人を詐欺容疑で逮捕、組員禁止のゴルフ場でプレー 大阪府警』 2012年7月10日 MSN産経ニュース
- 『日本ボクシング連盟 山根明会長の「マル暴」との深い関係』 2018年8月3日 FRIDAY
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