松村菊勇
経歴
佐賀県出身。松村安種海軍少佐の二男として生まれる。攻玉社を経て、1896年12月、海軍兵学校(23期)を卒業し、1898年1月、海軍少尉任官。「和泉」航海長、常備艦隊参謀を経て、日露戦争には第1艦隊参謀として参戦したが、緒戦の旅順口攻撃において負傷し後送される。その後復帰して大本営付から「笠置」砲術長になり、日本海海戦に参戦した。「松島」砲術長を経て、1907年12月、海軍大学校(甲種5期)を卒業した。
軍令部副官、フランス駐在、「春日」副長、海大教官、第1艦隊参謀、第1南遣枝隊参謀、「筑摩」艦長心得、「笠置」艦長心得、フランス大使館付武官、「常磐」「比叡」の各艦長、佐世保鎮守府付などを歴任し、1920年12月、海軍少将に進級。
第2艦隊参謀長、海軍教育本部第1部長、軍令部出仕、第5戦隊司令官、鎮海要港部司令官などを経て、1924年12月、海軍中将となり、軍令部出仕を経て、1925年11月、待命となり翌月に予備役編入となった。
1925年12月、石川島造船会社に入社、同常務、専務を経て、1933年4月から1941年1月まで社長を勤めた。墓所は多磨霊園。
栄典
- 位階
- 勲章等
脚注
- 『官報』第1040号「叙任及辞令」1916年1月22日。
- 『官報』第2539号「叙任及辞令」1921年1月21日。
- 『官報』第539号「叙任及辞令」1914年5月18日。
- 『官報』第2858号・付録「辞令」1922年2月14日。
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