海軍兵学校卒業生一覧 (日本)
海軍兵学校卒業生一覧 (日本)(かいぐんへいがっこうそつぎょうせいいちらん(にほん))は、海軍兵学校 (日本)の卒業生・修了生の一覧である。なお、原則としてWikipediaに記事が存在する人物を掲載する[1][2]。
各人名の表記方法の意味については次の例示を参照のこと。なお同期、同階級については五十音順に配列する。
- 平時の自決、殉職
卒業生
17期

秋山真之海軍中将(期)
26期
28期

永野修身元帥海軍大将(期)
29期

米内光政海軍大将(期)
30期
31期
32期

山本五十六元帥海軍大将(期)
卒業を繰り上げて少尉候補生として日露戦争に従軍する。
- 元帥大将:山本五十六
- 大将:塩沢幸一・嶋田繁太郎・吉田善吾
- 中将:井上継松・大野寛・堀悌吉(首席)
- 少将:太田質平・三戸基介・山内豊中
- 大佐:大関鷹麿・黒羽根秀雄・水城圭次
- 中佐:山県武夫
- 少尉:阿武天風・玉木信助
33期
34期
36期

栽仁王(36期)。第1種軍装に勲一等旭日桐花大綬章佩用。当時はボタン留。
37期
38期
39期
40期
41期
42期
43期
44期
45期
46期
47期
48期
49期
11月入校から7月入校に変更される。
50期
51期
士官と同様の長ジャケット型制服に変更される。
52期
54期
ワシントン海軍軍縮条約の影響で引き続き採用者が激減した。戦死者を除き中佐以下で終戦を迎える。
55期
53期、54期で激減した採用者は52期の半分程度にまで復活した。
72期
74期
採用生徒数が1000名を超える。兵学校始まって以来、初の在校生徒の戦死者が出る。
75期
敗戦により閉校する事が決定したため、急遽、卒業式を行い75期生には卒業証書を、それ以降の生徒には修了証書を与えた。
海軍兵学校予科
(予科生徒)
機関科
- 機関中将:山本安次郎
脚注
- 海軍兵学校を考える会によってほぼ完全な一覧が作成されている。
- 江田島市江田島町津久茂の品覚寺には、同寺を訪れた海軍兵学校の生徒が名前を記すとともに心境などを書き添えた「津久茂帳」と呼ばれる記名帳があり、明治37年(1904)から昭和20年(1945)までの記名簿は21冊、記録された名は3000人余りにのぼる。
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