椒芽田楽
来歴
姓は神谷氏、名は剛甫。椒芽田楽、木芽田楽、西郊田楽、西江田楽と号す。狂歌名は木芽亭田楽。名古屋西郊牧野村の医者で、寛政末期から文政初期にかけて戯作の執筆と洒落本の挿絵などを手掛ける。自画自作の著作には未刊が多い。享和のころ曲亭馬琴の門に入り、馬琴の紹介、校閲で黄表紙『挑灯庫闇夜七扮』を刊行している。また文化以降は江戸や名古屋の大手版元と手を組み戯作を出した。天保頃に没したといわれる。
作品
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