永安寺 (世田谷区)
永安寺(えいあんじ)は、東京都世田谷区大蔵六丁目にある天台宗の寺院。
| 永安寺 | |
|---|---|
山門 | |
| 所在地 | 東京都世田谷区大蔵6-4-14 |
| 位置 | 北緯35度37分31.4秒 東経139度36分34秒 |
| 山号 | 龍華山(りゅうかざん)[1] |
| 院号 | 長壽院[1] |
| 宗旨 | 天台宗[1] |
| 本尊 | 千手観音像[2] |
| 創建年 | 延徳2年(1490年)(大元は応永5年(1398年)) |
| 開山 | 清仙上人[1] |
| 中興年 | 明暦年間 |
| 中興 | 法印乗海大和尚 |
| 正式名 | 龍華山長壽院永安寺 |
| 法人番号 | 9010905000119 |
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歴史
当寺院は、元々当地に建立されたものではなく室町時代に鎌倉公方となった足利氏満(足利基氏の子)が没したのち、その菩提寺として足利氏満の法号から「永安寺」と称した寺院を応永5年(1398年)鎌倉の二階堂大蔵谷の地に建立したものが起源になっている。[3]
開創当初は天台宗ではなく臨済宗で読みも「ようあんじ」であった。[3]
その後鎌倉公方四代目であった足利持氏が永享の乱で敗れ、永享11年(1439年)にこの永安寺において多くの家臣とともに自害した。その後この永安寺も廃れたが、持氏の遺命で家臣であった二階堂信濃守の子で清仙上人が延徳2年(1490年)に鎌倉の大蔵谷に似た地名であった武蔵国中丸郷大蔵村(現在の世田谷区大蔵)の地に寺院を再建し、名前も同じ「永安寺」とした。これが当寺院の直接的な起源である。[2]
その後、天正年間に良深大和尚によって臨済宗から天台宗に改められた。また、明暦年間に法印乗海大和尚によって本堂などが整えられて中興され、現在の永安寺の基礎と言えるものが出来た。[3]
アクセス
脚注
- 新編武蔵風土記稿 大蔵村.
- 世田谷区教育委員会(1969)40-41pp.
- 天台宗東京教区公式サイト
- 学校法人永安寺学園永安寺学園幼稚園公式ページ
外部サイト
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