汕尾市

汕尾市(さんび-し)は中華人民共和国広東省に位置する地級市

中華人民共和国 広東省 汕尾市
捷勝得道庵
捷勝得道庵
捷勝得道庵
広東省中の汕尾市の位置
広東省中の汕尾市の位置
広東省中の汕尾市の位置
中心座標 北緯22度46分00秒 東経115度20分00秒
簡体字 汕尾
繁体字 汕尾
拼音 Shànwěi
カタカナ転写 シャンウェイ
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
広東
行政級別 地級市
建市 1988年
市委書記 逯峰
市長
面積
総面積 4,868 km²
人口
総人口(2002) 299 万人
人口密度 614 人/km²
経済
電話番号 660
郵便番号 516600
ナンバープレート 粤N
行政区画代碼 441500
公式ウェブサイト http://www.shanwei.gov.cn/

地理

広東省東南部の沿海部に位置し、掲陽市梅州市河源市恵州市に接する。

歴史

汕尾市では約6,000年前の新石器時代の遺跡が発掘されており狩猟や漁撈を中心に活動が行われていた。古来は百越の活動地であり、中原の影響が及ぶようになったのは秦代以降である。秦からにかけては南海郡傅羅県が設置されていた。前111年元鼎6年)、漢の武帝により南越国が滅亡すると汕尾地区に海豊県が設置され中原王朝の直接支配が開始された。591年開皇11年)、文帝は東官郡と梁化郡を合併し循州を設置し、海豊県も循州の管轄となった。

622年武徳5年)、高祖は海豊県の東部に安陸県(現在の陸豊市陸河県)を設置したが、627年貞観元年)、太宗により廃止となり海豊県に戻されている。五代十国時代、循州が禎州と改称され、北宋時代の1021年天禧5年)に皇太子であった趙禎に名諱し恵州と改称され、海豊県のほかに博羅、河源、帰善の各県が広南東路恵州の管轄となり、その後も行政区の改変が行われたが近代まで汕尾は恵州の管轄におかれていた。

中華人民共和国が成立すると海豊県・陸豊県は東江専員公署の管轄に置かれた。1953年に東江専員公署は粤東行政公署の、1957年に恵陽専員公署の管轄に行政改編されている(1958年から1983年までは汕頭地区専員公署の所管)。

1988年1月、国務院の指示により海豊県・陸豊県の上位行政区として汕尾市が設置され、海豊県南部沿海の汕尾、紅草、馬宮、東涌、田、捷勝、遮浪の7鎮を市城区とし陸豊県北部山間区の河田、河口、新田、螺渓、水唇、上護、南万、東坑の8鎮により陸河県が設置された。1995年は陸豊県が県級市に昇格し現在に至っている。

行政区画

1市轄区・1県級市・2県を管轄する。

汕尾市の地図

年表

この節の出典[1]

  • 1988年1月7日 - 広東省恵陽地区海豊県の一部が分立し、汕尾市が発足。城区を設置。(1区3県)
    • 恵陽地区海豊県陸豊県を編入。
    • 陸豊県の一部が分立し、陸河県が発足。
  • 1995年1月19日 - 陸豊県が市制施行し、陸豊市となる。(1区1市2県)

交通

脚注

外部リンク

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