津雲博子
津雲 博子(つくも ひろこ、現姓:吉川、1970年〈昭和45年〉9月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。広島県広島市安佐南区出身。ニックネームはリン。
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1970年9月11日(53歳) | |||
| 出身地 | 広島県広島市安佐南区 | |||
| ラテン文字 | TSUKUMO Hiroko | |||
| 身長 | 175cm | |||
| 体重 | 65kg | |||
| 血液型 | B型 | |||
| 選手情報 | ||||
| 愛称 | リン | |||
| ポジション | L | |||
| 指高 | 223cm | |||
| 利き手 | 右 | |||
| スパイク | 295cm | |||
| ブロック | 285cm | |||
来歴
小学校からバレーボールを始め、広島商業高校2年生の時国体出場。1989年クラボウに入社。しかしチームは廃部となり、カネボウへ移籍も再びチーム解散。
1993年、NECレッドロケッツに入団しライト・レフトプレイヤーとして活躍。キャプテンも務めた。1997年、全日本代表初選出。同年ワールドグランドチャンピオンズカップで新設(試験採用、翌年正式採用)された、全日本リベロ第1号となる[1]。
1998年世界選手権、1999年ワールドカップなどで活躍。ワールドカップでは、ベストサーブレシーバーとベストレシーバーの個人タイトルを獲得し、世界No.1リベロと称された。 2000年シドニーオリンピックは予選で敗退し、オリンピック出場はならなかった。
NECでは、Vリーグ(プレミアリーグ)1996年、1999年、2002年と3度の優勝に貢献した。2002年、前全日本女子監督(前・NEC監督)の吉川正博と結婚。2004年、現役引退。現在は社業の傍ら、春高バレーコーチングキャラバンなどで、後進の指導に当たっている。2児の母。
脚注
- 同じく試験採用だった前年、1996年ワールドスーパーチャレンジでは、中村和美(ユニチカ・フェニックス)がリベロを務めた。
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