浦和本太レディースFC

浦和本太レディースFC(うらわもとぶとレディースエフシー)は、かつて存在した日本の女子サッカーチーム。埼玉県さいたま市(旧・浦和市)を拠点として日本女子サッカーリーグ(L・リーグ)に所属していたが、2008年シーズンに事実上の活動停止となった。

浦和本太レディースFC
原語表記 浦和本太レディースFC
クラブカラー    
創設年 1990年
解散年 2008年
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ

概要・歴史

1980年当時の浦和市長中川健吉による「サッカーの街浦和に女子サッカーチームを」との構想により、本太地区で「ママさんサッカーチーム」として発足。1985年ごろ、水間百合子(のち日本女子代表)ら6人の中学生の加入により「ジュニアチーム」へ登録変更。地域のクラブチームとしては異例の年間300日にもおよぶ練習と試合を重ねた結果、1992年から「JLSLチャレンジリーグ」に参加した。

1993年にリーグ首位となり、この年限りで廃部となった日産FCレディースに代わり1994年に「浦和レディースFC」としてL・リーグ入りを果たす。

しかし、当時のL・リーグは海外からトップクラスの選手を呼んだ企業チームを中心とする「世界最高の女子サッカーリーグ」と呼ばれ、また水間百合子など実力のある選手が既に流出していたこともあったため、入れ替え戦を経ずに参加した唯一の草サッカーチームの挑戦は18戦全敗の最下位。回った入れ替え戦でも田崎ペルーレFCに2敗してわずか1年で降格となり、翌年からチャレンジリーグに活躍の場を移すことになる。

その後もL・リーグへの復帰を図るべくチャレンジリーグ(チャレンジマッチ)への参戦を続けたが、ほどなくしてチーム分裂の危機が訪れ、復帰していた水間百合子や中国人留学生選手など数選手とスタッフの一部により1998年浦和レイナスが発足した。

残ったメンバーを中心としたチームは再び「浦和本太レディースFC」として編成され、関東女子サッカーリーグでは上位に位置するチームとして活躍する時代もあったが、次第に大学勢となでしこリーグ下部組織が台頭するようになると下位に甘んじるようになる。

2005年には関東第3代表として第27回全日本女子サッカー選手権大会に出場した。2008年2月9日に行なわれた早稲田大学ア式蹴球部女子との入れ替え戦に敗れ、2008年シーズンは埼玉県リーグに降格も人数不足となった。なお、現時点で活動しているかどうかは定かではなく、公式ホームページは2010年1月を以て更新を停止している。

主な成績

L・リーグ

年度チーム名リーグチーム数試合勝点得点失点順位
C1992浦和本太レディースFCJLSL・チャレンジリーグ4673122位
C19934694111位
61994浦和レディースFCL・リーグ1018--0--18149610位
C1995JLSL・チャレンジリーグ3463012位

JLSL・チャレンジマッチ’96

浦和レディースFC1回戦2-0
2回戦1-0
飽田FCレディース

入れ替え戦

大会名L・リーグ最下位チームスコアチャレンジリーグ1位チーム結果
1994-95入替戦浦和レディースFC1回戦1-2
2回戦1-3
田崎ペルーレ田崎の昇格
1996-97入替戦OKI FC Winds1回戦1-3
2回戦0-3
浦和レディースFCOKIの残留

全日本女子サッカー選手権大会

獲得タイトル

  • 特になし

チームカラー

  •    

(L・リーグのころのパターン)

カラー上衣パンツストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st)フラッシュグリーン
GK(2nd)フラッシュピンク

歴代監督

  • 1994年  石澤君男
  • 2005年  石澤君男

関連項目

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