滝野薫
経歴
- 1981年に実弟の滝野賢治とカップルを結成した。1982-1883年シーズンの全日本ジュニア選手権で優勝、翌1983-1984年シーズンよりシニアとして活動し、1985年冬季ユニバーシアードベルノ大会では6位入賞。1984-1985年シーズンの全日本選手権で初表彰台の3位となり、札幌で行われた1985年冬季アジア大会でも3位となった。
- 1988-1989年シーズンから全日本選手権で4連覇を果たしたがオリンピックに出場することはなかった。1992年に弟とともに引退。現在は家業である印刷会社の役員として、また国内外のフィギュアスケート競技会でアイスダンスの審判員としても活動している[2]。
主な戦績
| 大会/年 | 1984-85 | 1985-86 | 1986-87 | 1987-88 | 1988-89 | 1989-90 | 1990-91 | 1991-92 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 世界選手権 | 19 | 19 | 21 | 22 | ||||
| 全日本選手権 | 3 | 3 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| ユニバーシアード | 6 | |||||||
| アジア大会 | 3 | |||||||
| NHK杯 | 11 | 7 | 6 | 8 | 10 |
出典
- “Kaoru TAKINO Figure Skating - Beijing 2022 Olympics”. 2022年1月30日閲覧。
- 2010年全日本選手権、2011年NHK杯など
外部リンク
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