激走!5000キロ

激走!5000キロ』(げきそう ごせんきろ、原題: THE GUMBALL RALLY)は、1976年制作のニューヨークからカリフォルニア・ロングビーチまでの大陸横断公道レースを描くアメリカ合衆国カーアクション映画チャック・ベイル監督。

激走!5000キロ
The Gumball Rally
監督 チャック・ベイル
脚本 チャック・ベイル
レオン・カペタノス
出演者 マイケル・サラザン
ラウル・ジュリア
音楽 ドミニク・フロンティア
撮影 リチャード・C・グローナー
配給 ワーナー・ブラザース
公開 アメリカ合衆国の旗 1976年8月20日
日本の旗 1977年1月15日
上映時間 108分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語

ストーリー

ニューヨークの若い会社重役マイク・バノン(マイケル・サラザン)は毎日会議に明け暮れうんざり気味。 そろそろやるか!とばかりに会議を打ち切ると、子供の頃からの親友で良きライバルであるスティーブ(ティム・マッキンタイア)に電話した。「ガムボール!」 「ガムボール」とはレース開始の合言葉で、物好きなスポーツカー愛好家たちを集め、年に一度アメリカ横断レースでスピードを競い合おうというものだった。 バノンが「ガムボール」の指令を出すと、たちまちアメリカ各州から続々カーキチたちが集合した。 参加者はいずれも単調な生活から逃れて、この思いもよらない催しに飛びつきヤミツキになったのだった。 やめる者もいたが、新たに参加する者も多くヨーロッパから馳せ参じる者もあった。 一同はマンハッタンのギャラガーズレストランで顔を合わせた。そこでバノンはレースのプランを説明した。 このレースは法律を度外視したものだけに警察のあらゆる難関を突破することが第一条件だった。それも競技のひとつで、そのために法律に基づく封鎖網が州ごとにしかれるのだった。 その役割をつとめるためにロスコー警部(ノーマン・バートン)が選ばれた。彼は不器用だが仕事熱心な男だった。 翌日、ガムボールラリーのレーサーたちは最後の指示を与えられ、自分たちのマシンの点検に余念がなかった。 なかには、警察の網をくぐるための特殊なCBラジオ装置とスヌーパー(レーダー探知機)を装備しているものもあった。 かくして出発の合図とともに、法律違反のノンストップ・レースが開始された。そして運よく成功すれば、約30時間後にはカリフォルニア州ロングビーチクイーン・メリーにゴールインすることになるのだが・・・ これらのレーサーたちが、ただ巨大なガムボールマシンを獲得するためだけに、交通規則を無視して時速180キロから230キロでレースする。 車輪がまわるたびに一触即発の危機が炸裂する。一方、警察の封鎖網がいたるところにしかれ、ロスコーが逮捕の機会を狙っている。 天候は寒さが激しく変わりやすく、ハイウェイと国道は一マイルごとに奇想天外な事件が続発するが、それにもめげずガムボールラリーのレーサーたちはハイスピードで西へ西へと轟音を響かせていく・・・果たして最後の栄光を得るのはだれか? そして、勝負の行方を決める「アルファ計画」とは?

キャスト

役名 俳優 日本語吹き替え
TBSテレビ朝日
マイク・バノンマイケル・サラザン安原義人堀勝之祐
スティーブ・スミスティム・マッキンタイア飯塚昭三石田太郎
フランコラウル・ジュリア伊武雅刀玄田哲章
サム・グレーブス教授ニコラス・プライアー千田光男山野史人
アリススーザン・フラナリー有馬瑞香森田育代
ジェーンジョーン・ネイル横尾まり
ロスコー警部ノーマン・バートン村越伊知郎青野武
エース・プレストンジョン・ダレン増岡弘郷里大輔
ギブソンゲイリー・ビジー鈴置洋孝
ホセラザロ・ペレス古川登志夫富山敬
アンジートリシア・オニール小宮和枝吉田理保子
バーニーJ・パット・オマーリー辻村真人
アンディボーン・テーラー
ジョーエディ・ドノ
ハリーアル・シェリー
メルディック・カリー
カンディンスキースチーブン・キーツ幹本雄之
アビアウォーリー・テーラー
ラプチックハーベィ・ジェーソン谷口節
(アルファ計画)リンダ・ヴォーン

スタッフ

  • 監督・製作:チャック・ベイル
  • 脚本:レオン・カペタノス
  • 製作総指揮:ロン・プレイスマン
  • 撮影:リチャード・C・グローナー
  • 音楽:ドミニク・フロンティア
  • 編集:スチュアート・エイチ・パッペ、ゴードン・スコット、モーリー・ワイントローブ

登場車

日本での放送

  • TBS版:初回放送1980年1月14日、TBS『月曜ロードショー』「アメリカ大陸横断、交通ルール無視の大レーススタート!激走!5000キロ
    • 演出:伊達渉、台詞:井場洋子、プロデューサー:熊谷国雄 制作:東北新社、TBS
  • テレビ朝日版:初回放送1985年7月14日、テレビ朝日『日曜洋画劇場
    • 演出:左近允洋、翻訳:平田勝茂、調整:栗林秀年、効果:東上別符精/PAG、制作:グロービジョン、テレビ朝日担当:圓井一夫

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.