瀬戸町堂浦
瀬戸町堂浦(せとちょうどうのうら)は、徳島県鳴門市の大字。郵便番号は771-0361。
瀬戸町堂浦 | |
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![]() | |
![]() 瀬戸町堂浦 北灘町堂浦の位置 | |
| 北緯34度13分12秒 東経134度34分45秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 瀬戸地区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 793人 |
| 等時帯 | UTC+9 (JST) |
| 郵便番号 |
771-0361[2] |
| 市外局番 | 0885[3] |
| ナンバープレート | 徳島 |
地理
鳴門市の北東部に位置する。字阿波井は島田島内になる。讃岐山脈東部と島田島の南西端にあたり、小鳴門海峡に面する。古くは結城ケ浦とも称した。瀬戸町地区の中心的な集落。
西を日出湾、東を小鳴門海峡・ウチノ海に面する本土側の区域と島田島の南西端の区域からなる。大部分を占める本土側区域は、北は瀬戸町北泊に、南は瀬戸町明神に接する。古くから漁業の村として知られている。
日出湾を徳島県道183号亀浦港櫛木線(一部は鳴門スカイライン)を通じ、東岸を徳島県道182号瀬戸港線が通る。県道183号線は瀬戸町大島田―瀬戸町中島田―瀬戸町小島田を経て地内西部に通じている。
阿波井神社は、字阿波井にある氏神で、天太玉命・大宜都姫命を祭神とし、徳島県下の神社の中でもその祭事は民俗学的に重視されている。
小字
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歴史
江戸期から明治22年にかけては板東郡および板野郡の村であった。寛文4年より板野郡に属す。明治22年に同郡瀬戸村、昭和3年に瀬戸町の大字となった。昭和22年3月には鳴南市、同年5月より現在の鳴門市の字名となる。
江戸時代初期、釣り糸にテグス(天蚕糸)を利用し始めた漁師がいる。(→釣り糸)
江戸時代の堂浦の漁師はテグスの導入もあってか、一本釣りの技術に非常に秀でており、他国の漁師にもその技術を教えていたことがあった。[4]
脚注
- “鳴門市世帯数・人口月報”. 鳴門市 (2021年7月31日). 2022年8月22日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2022年8月22日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2022年8月22日閲覧。
- 鳴門再発見―ライブミュージアムでお接待―. 「鳴門再発見」実行委員会. (2005)
- “鳴門市立幼稚園、小学校及び中学校の通園及び通学区域に関する規則”. 鳴門市. 2022年8月22日閲覧。
外部リンク
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