生井秀樹
生井 秀樹(なまい ひでき、1947年1月5日 - 2021年6月15日)は、日本の写真家、スチールカメラマン。
生井秀樹 | |
|---|---|
| 生誕 |
1947年1月5日 東京都渋谷区 |
| 死没 | 2021年6月15日 |
| 国籍 | 日本国 |
| 職業 | 写真家 |
東京都渋谷区出身。
経歴
1969年に青山学院大学法学部卒業。1971年、ロックミュージシャンを撮影するため写真家となる。
1970年代初頭からは、主に祥伝社系の女性週・月刊誌、一般週・月刊誌、旅行雑誌を中心とした雑誌メディア・カメラマンとして活動。
1970年代半ばからは、本来撮りたかったロック系ミュージシャンを、立東社ロックマガジン『ロッキンF』を中心に撮影。後にリットーミュージック『ギターマガジン』、『キーボードマガジン』などでも活躍する契機となった。ロック系アーティストのエッジの効いたモノクローム写真が、生井秀樹のロックカメラマンとしての名を世に知らしめた。P-MODELはデビュー前から『ロッキンF』誌上に撮りおろし写真を掲載し、以降40年以上にわたり撮り続けてきた。イギー・ポップなど生井カメラマンのポートレートを愛した海外アーティストも多い。
また『JAZZ LIFE』を舞台に、JAZZミュージシャンも多数撮影している。
2007年からは、新星堂のロック・ポップス系フリーマガジン『DROPS』でも、販促用ポスターとして撮影した矢沢永吉の写真等多数のアーティスト・ミュージシャンを撮影している。
また個人的な関係を重視した生井カメラマンは、俳優・森山未來をはじめ、新進・中堅のクラシック系ミュージシャンなどのポートレート、ポスター写真なども手掛けている。
旅行写真家としては、紀行文作家・芦原伸と組み海外ロケは50ヶ国(150回以上)を超え、訪れた各国の子どもたちのポートレートや風景写真を多く撮影している。ことに上座部仏教の聖地をめぐって撮影された一連の「南伝仏教」写真は、圧巻の作品だが、残念ながらまだ世に出ていない。
2021年6月15日、3か月の闘病の末、胃癌により死去し、長年の友人である平沢進がツイッターで<生井さんには常にライブや新譜に対して励みになる感想を頂き、「生井さんにさえウケていれば道を外していない」という確信を与えて下さいました。[1]>と語っている。
主な作品
- 写真集『化石』(三国コカ・コーラ、1980年)
- 写真集『ロッド・スチュアート』(1983年)
- 写真集『Pモデル』(2004年)
主な展覧会
- 1972年 「ロックミュージシャン」(合同展、1986年~1990年)
主なモデル
レコード・ジャケット撮影
ぎんぎん
『側車/ぎんぎん』(1977年)
G-Schmitt
『Modern Gypsies』(1985年)
『Garnet』(1988年)
紅麗威
『俺達最後のロックンローラー』(2012年)
大野 方栄
『SEVEN』(2016年)
主な雑誌記事
「JAPANESE PUNK'S DISTORTED DAYS 1977-1990」(『ギターマガジン』2018年7月号66ページから91ページ)
外部リンク
- 公式サイト https://hidekinamai.com/
脚注
- “P-MODELデビュー以来、現在までP-MODEL&平沢を撮り続けて下さったカメラマン、生井秀樹さんが亡くなった。”. 2021年6月15日閲覧。