田中武雄 (青森県知事)
経歴
東京府出身[1]。1896年、東京法学院を卒業。同年12月、判事検事登用第1回試験、文官高等試験行政科試験に合格。逓信省に入省し逓信属となる[1][3]。
以後、逓信事務官、逓信書記官、一等郵便局長、逓信省経理局調度課長兼電信灯台用品製造所長、兼台湾総督府事務官、東京逓信経理局長などを経て、熊本逓信管理局長に就任[1]。
1913年6月、青森県知事に就任。大凶作への対応に尽力。1914年4月に休職となる[1]。同年に退官[3]。1916年12月、小倉市長に就任。1918年2月、上京中に死去した[2]。
脚注
- 『新編日本の歴代知事』100頁。
- 『朝日新聞』(東京本社発行)1918年3月1日朝刊、5面の訃報より。
- 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』176頁。
- 『官報』第4326号「叙任及辞令」1897年12月1日。
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